林士平、マンガ業界の知られざる現実を明かす 『見上げてごらん』に見たアシスタントの誇り

森本晶一と佐藤快磨がダブル監督を務めた映画『見上げてごらん』が10月30日に公開される。主人公は、森田剛演じる、巨匠マンガ家の万年アシスタント・土屋輝一。物語は、“夢を叶えることはそんなに大事なのか?”をテーマに、迷えるオトナたちの日常を軽やかに映し出す。
マンガ業界のリアルな舞台裏を描き出した本作について、『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)や『チェンソーマン』(藤本タツキ)などのヒット作の担当者として知られる、編集者の林士平氏(株式会社ミックスグリーン代表)に、同作の魅力から、マンガ業界の現状に至るまで、ざっくばらんに語ってもらった。
マンガ業界の日の当たりにくい部分を描くリアリティ

――まずは、映画をご覧になっての率直な感想をお聞かせください。
林士平(以下、林):個人的に素敵だなと思ったのは、マンガ業界の日の当たりにくい部分にきちんと目を向けてくれているところでした。主人公の土屋(森田剛)のように40代、50代になってもプロのアシスタントとして生計を立てている人は実際にいますし、その他の若いアシスタントたちについても、リアルに描けていたと思います。彼らみたいな人々の努力が報われるような業界であってほしいと、常々思っていますので。とはいえ、この映画のラストが、主人公が本当に望んでいたものだったかどうかは、僕にはわかりませんでした。もちろん、劇中ではっきりと彼の心情が明示されているわけではありませんので、おそらく監督は、そのあたりの解釈は観客に委ねようとしているのでしょうが。
――土屋のようないわゆる「プロアシ」には、大きく分けて2つのケースがあると思います。ひとつは、最初からアシスタント業をビジネスとして割り切っている人たち。そしてもうひとつは、作家として独り立ちしたいのだけれど、なかなかデビューできずにいるという人たちです。
林:そのどちらが良い/悪いというものではなくて、現在の商業出版のマンガの世界では、アシスタントは欠かせない職業なんです。安定した連載を支えるために、5年、10年と、ずっと手伝ってくれる方というのは、マンガ家にとって本当に貴重な存在なわけで。たしかに、中には、なかなかデビューできずに、くすぶっているように見える人もいるかもしれません。でも、そんな人たちも、アシスタントとして立派にプロの職務を全うしているわけですし、見えないところでがんばってもいる。あまり無責任なことはいえませんけど、そういう人はいつかデビューできるんじゃないかと思いますね。いまはもう、デビュー時の年齢など、あまり関係ない時代になっていますから。
――林さんは、実際、ゼロからの新人を育てているだけでなく、デビューはしていたものの、才能がありながらブレイクしかねていたマンガ家さんをブレイクさせたりもしていますね。
林:面白いマンガを描くのに、年齢や経歴は関係ないんじゃないですか。これからは60代や70代でデビューして売れる人も出てくるだろうし、デビューして何年もヒット作のないマンガ家さんが、突然ブレイクするような事例も増えていくだろうと思います。もちろん先行投資という意味では、若い人のほうがチャンスはあると思いますけど、アスリートの世界などとは違って、マンガは、絵と物語が描けさえすれば何歳からでもプロになれる世界です。年齢を重ねたからこそ描けるものもあると思いますし、多様な作品が生まれたほうが、読み手にとっても幸せですよね。
「マンガ家のアシスタントは貧しい」というのは間違ったイメージ

――土屋というキャラクターについての印象を教えてください。
林:これは映画を観た方全員が頭に浮かぶことなんじゃないかと思いますけど、「コイツ、すごい美女(土屋莉花/松本まりか)と結婚してんな」というのが最初の感想(笑)。ただ、よくよく考えてみれば、土屋を演じてるのはイケメンの森田剛さんなわけで、そりゃあまあそうかもな、と納得はいくんですけどね(笑)。いずれにしても、ふたりの馴れ初めは謎ではあるのですが、たぶん、若い頃は同じ夢を見ていて、奥さんとしては、この人は将来ひとかどの人物になるだろうと期待していたんでしょうね。
――土屋は結構良い部屋に住んでいますね。
林:国民的なマンガ家(吉住はるを/武田鉄矢)のチーフアシですから。それなりに良い暮らしをしていてもおかしくはないです。世間的には、「マンガ家のアシスタントは貧乏」みたいなイメージもあるかもしれませんが、いまは時代が変わってきていますので。現実の世界でもあのクラスの作家のアシスタントは高給取りですし、じゅうぶん良い生活はできているはずです。

――一見クールで、やる気を表に出さない土屋ですが、物語の中盤、編集者の潮田ユキ(森川葵)に対して激昂する場面が、印象に残りました。
林:たぶん彼なりにあの編集者に期待してたんでしょうね。それが、どうやらこの人は本気ではないんだとわかり、柄にもなく熱くなったのではないでしょうか。あそこは同じ編集者としては、ちょっと観ていて悲しくなる場面でもありました。まあ、本気ではないというか、彼女なりのやる気は多少はあるんだけど、何もかもが空回りしているんですよね。
――ああいう編集者は実際にいますか?
林:まあ(笑)。ただ、少しだけフォローさせてもらうと、彼女が悪いというよりは、会社や編集長が悪いという見方もできます。大した教育もせずに、何もわからない若い編集者を大御所作家の担当にして、いざ、その作家が他所(よそ)で描くとなると、厳しい言葉で追い詰める。「おいおい」って思いましたね。お前は本当に彼女をちゃんと指導したのかって、あの編集長には聞いてみたいです。




















