『ママがもうこの世界にいなくても』はジャンル映画を逸脱する 作品に潜む“異様さ”の正体
もう一つ興味深いのは、同じ病院でがんの闘病をする、ひかり(森田望智)という患者の存在だ。病の痛みなどに苦しみながらも、自由奔放に振る舞おうとする彼女のキャラクターは、この映画のなかで最も“山戸監督的”存在といえるのではないか。
なぜなら、山戸監督の作品に共通してきたテーマが、日本の社会において強さを放っている“女の子”という生き方についてだったからである。大人になりきらないからこそ、日本の社会規範における“女性の役割”から猶予され自由になっている存在。もし、そんな女の子のまま、一生を生きられたら。そんなフェミニズムの変奏といえる個性的な感覚や社会観が、彼女の作品には通底しているように思える。そこが山戸作品の“強さ”の源泉でもあるのではないか。
そんな強さを体現する、強いキャラクターが登場することで、この作品が、紛れもなく山戸監督のものだと思うことができる。そして、そんなひかりの“女の子パワー”は、抱擁という象徴的な動きによって、一部和にも受け継がれる。それが、出産時に髪をピンクに染めるという行為に表れるのである。
興味深いのは、ひかりがニット帽を編んでいる箇所だ。彼女は、自分が末期がん患者であることを理由に、相場より高く値付けをしていて、「それでも売れる」、「ストーリーが売れる時代」などと語る。それはまさしく、ひかりに山戸監督自身が投影した、こうしたジャンル映画自体への批評的視点だったのではないか。「遠藤和さんに捧げる」といったラストの献辞からも分かるように、山戸監督は実在した原作者に対しては、最大限の敬意を捧げている。しかし観客に対しては、そうした揺さぶりをかけている部分があるように感じられるのである。
本作のジャンルを逸脱していく異様さは、その終盤にもある。とくに将一の感情の問題をめぐる最終盤において、和を失おうとする際の感情の昂りや揺らぎが、不安定な編集に表れてくる。そして、エンドクレジットまでのラストシーンでは、その異様さが極大の瞬間を迎える。
二人の子どもの手を優しく握りながら、和は「世界一、愛してる」と語りかける。そして将一にも同様のセリフを言い、「幸せになって」と告げる。もうすぐ和の生命の灯が消えることを予感している将一は、その言葉を受け取っても、笑顔で返すことができず、「変な顔」と言われてしまう。そして、エンドクレジットに至るところで、その涙に濡れた「変な顔」が映し出されるのである。
いや、変というより、不気味なまでに虚無感や喪失を感じさせる表情であるように、筆者には感じられた。背筋がぞっとするほどに。エンドクレジットの途中で幸せな彼らの写真が紹介されるものの、なぜ本作は実質的なラストの瞬間に、二人の抱擁や子どもとのスリーショットなど、二人の愛情だったり家族の幸福の瞬間、和の納得した表情よりも、将一の喪失を優先したのだろうか。
それは、やはり本作を、泣かせるための美談に落ち着けたくなかったからなのではないか。和がこの世を去ったとしても、人生は続く。子どもも成長していく。未来には希望がある。しかし、将一が本来苦手だったという“ベタなデート”を完遂するまでに愛情を注いだ、和という存在を失った彼は、これから彼女を失った大きな穴を感じながら生きていかなければならない。そしてそれは、実際にこの世に存在する痛みなのである。
深く愛する配偶者を亡くし、何年も過ごしたという経験を語る人が、「亡くなって以来、ずっと身体を焼かれ続けているようだ」と表現するのを聞いたことがある。人が死ぬということは、それほどまでに誰かを苦しめることがある。そうした苦しみを予感させる場面で映画を終わらせた本作からは、実在する人生を、そして実在した人の死を、“泣かせるための映画”としてだけで消費させないという意志を感じるのである。
こうした、一部反逆的な試みというのは、『ホットギミック ガールミーツボーイ』の、やはりジャンル映画を破壊し、次の領域に進もうという作家性に通じている。どのような題材であっても、そうしたものが染み出してくる。山戸結希監督の個性は、そこまで強固なものだと思えるのだ。
■公開情報
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
全国公開中
出演:川口春奈、高杉真宙、松本穂香、中島瑠菜、清水くるみ、笠原秀幸、豊本明長、一ノ瀬颯、星野真里、森田望智、デビット伊東、小林聡美
原作:遠藤和『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』(小学館刊)
監督:山戸結希
脚本:樋口幸之助、山戸結希、藤野眞功
音楽:Vampillia
主題歌:Vaundy「しわあわせ」(SDR)
配給:東映
©遠藤和/小学館 ©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会
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