『ブラッサム』“島村”工藤阿須加はなぜ包丁に怯えたのか 初恋描写に隠された人間の裏表

珠(石橋静河)が口ずさむ「春が来た」の響きが、第11回と第15回では大きく違った。希望と、絶望。作家・宇野千代をモデルにした朝ドラこと連続テレビ小説『ブラッサム』(NHK総合)。第3週「化粧と、初恋」(演出:盆子原誠)では、大正3年、珠が高等女学校を卒業し、尋常小学校の代用教員として就職する。そこで珠は、教師としても女性としても挫折を味わうことになる。その挫折は、性別や生まれによって人を分け隔てる当時の社会の実情を映すものでもあった。
珠の受け持つクラスは、学力別に分けたクラスの下のほう。生徒たちは実家が農家だったりして勉強が二の次とされ、そのせいでちゃんとした教育を受けられずにいる。「子守り」と思えと言われた珠だが、工夫して、落ちこぼれの次郎(渋谷そらじ)の意欲を引き出すことに成功した。だが学校からは、どうやら余計なことをしていると見られているようだ。

真っ赤な口紅をして学校に来た珠は、教頭(阪田マサノブ)に睨まれる。そこへ救いの手が。新任の島村(工藤阿須加)が、前の赴任先の広島では女性が化粧をするのは当たり前だと助言し、その場は事なきを得る。
珠は、島村に恋をする。体調を崩して休んだ彼の家を訪ね、かいがいしく食事をつくり、それをきっかけにふたりの距離が縮まっていく。だがそれを学校に「ふしだら」と見咎められ、珠だけが解雇されてしまう。島村はかばってくれるどころか保身に走り、珠はいとも簡単に捨てられる。
島村のキャラ設計が容赦ない。見た目はしゅっとしたいい男で、女性の化粧にも理解があり、教育にも意欲的。珠の良き理解者かと思いきや――。自分の職場での立場を優先する小さい人物だった。いや、彼の言い分ははっきり描かれていないので、単純に断罪はできないのだが……。

第2週では「放蕩無頼」と呼ばれた父・清治(渡部篤郎)の意外な美点を見出した珠だったが、今回は一見好人物の意外な醜い点を見出すこととなった。ここで注目したいのは画面の印象だ。第2週と第3週で珠の目に映った光景(珠の解釈)は、どちらもファンタジックに描かれている。第1、2週は、月明かりと夜桜や、小雪の舞う滲んだ空間。第3週は、真っ白な強い光で飛ばしたふんわりとした教員室や、ブルーのレンズフィルターを使った青い雨や朝の光。おそらく、珠の文学的なフィルター越しの風景と現実とで、ルックを意識的に変えているのだろう。
珠が見た、ふたりの人間の隠された“顔”を、櫻井剛の脚本は“包丁”という小道具で結びつける。清治は亡くなる直前に錯乱して包丁を振り回し、島村は珠の持った包丁に怯える。この“包丁”は、島村を演じた工藤阿須加がはじめて朝ドラに出演したときのこととも重なる。


















