『ブラッサム』“島村”工藤阿須加はなぜ包丁に怯えたのか 初恋描写に隠された人間の裏表

2015年度後期に放送された『あさが来た』の後半、工藤演じる学生・啓介は、病院でナイフを使ってりんごを剥いていた。それを見た主人公・あさ(波瑠)の娘・千代(小芝風花)は、母がナイフで刺されたことを思い出し、恐怖にとらわれる。それが千代と啓介の出会いで、やがてふたりは結婚する。つまり啓介は、主人公の娘婿役だった。

このときは、彼が握ったナイフで女性を怯えさせたが、『ブラッサム』では包丁を握った珠を見て、腰を抜かさんばかりに怯えるのだった。「春が来た」でエピソードのはじまりと終わりをはさみ、包丁という小道具を巧みに使った計算され尽くした台本という設計図と、それを豊かに広げる演出。そして俳優たちの的確な演技によって浮かび上がってくる余白によって、視聴者の想像の余地が広がっていく。島村はなんでそこまで怯えたのか。後ろめたい気持ちがあったのだろう。あるいは、ドラマ上では抑えめにしてあるが、実際は珠が執拗だったのだろうか。人間関係というのは主観的なもので、とかく言った言わない、そんなつもりじゃなかった、というように、お互いの認識がズレて拗れがちだ。
珠のモデルである宇野千代は晩年、「去る男は追わないこと」を持論としていたようだ。モデルと珠は同一人物ではないが、若い頃のこの痛い体験が、やがて珠を「追わない」人に育てていくのだろうか。それにしても、だ。「逢い引き」などけしからんと珠を謹慎させ、そのまま黙って解雇する仕打ち。そもそも男性はおとがめなしで、女性だけを処分するという判断。すべてが理不尽である。
珠が挫折を味わう一方で、周囲の女性たちもそれぞれの岐路に立っていた。珠の幼なじみ・梅(松本穂香)は、夢に見ていた結婚を前に、昔なじみの青年のことが気になっていた自分の本心に気づき、「自由恋愛」に憧れはじめる。そして、自分にはできなかった分、珠に「自由恋愛」への夢を託すのだ。

また、『黎明』の同人仲間・忍(木竜麻生)は、親の決めた縁談を断り、たったひとりでツテのない東京へ出て、記者を目指すことになった。当時の女性の進路は、様々といっても主として「結婚」だった。そんななかで「職業をもって自立する」ことや「自由恋愛」は、固定化された女性の生き方を切り拓く新たな選択肢だったのだ。
珠は今後、「職業をもって自立」し、「自由恋愛」も選び取っていくだろう。第15回で絶望的に「春が来た」を歌っていた珠は、そのうちきっと主題歌「咲き誇れ」の流れるタイトル映像のような表情になっていくのだろう。
■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK


















