見事に“傾いた”ザック・クレッガー! 『バイオハザード』が描く原作体験とコメディの凄み

しっかり怖がらせ、笑わせ、さらには妊娠・中絶、格差社会といった深刻なトピックも扱いつつ、最後はクリーチャー化していく人間の悲哀にドラマを持っていく。主人公のブライアン(オースティン・エイブラムス)は四苦八苦の末、ようやく人生と向き合う覚悟を決めるが、その決意も空しく怪物化してしまう。バッドエンドと言っていい結末だが……個人的に、ここでハッとさせられた。やるせない終わり方だが、同時になぜかドン底までには落ちない自分の心があった。どうしてかと考えたが……それはブライアンの最後の大暴れもあるが、本作が『バイオハザード』である点が大きいと気づいた。
これがバイオでなければ、ブライアンの物語はあそこで終わりだ。しかしバイオでは、時に怪物化しつつも何とか助かることもあったり、何なら怪物の力で戦うキャラもいたり、この終わり方をしても続編が全然ありえる。なんなら怪物化したブライアンが、原作キャラと一緒にバディアクションを繰り広げるような展開があっても、それはそれでバイオっぽいと思うのだ。それくらいにバイオの器はデカいと再認識させられた。
原作と大きく異なる展開で、己の創作意欲を貫いた。同時に、ホラーも、アクションも、コメディも、クリーチャーも、喜劇も、悲劇も、あらゆるものを受け止める『バイオハザード』の圧倒的な器の大きさを見せ、原作ゲームに敬意を見せつつ、花も持たせた。この点に私は前田慶次感を強く感じた。いやはや見事な“傾き”である。
思えば『バイオハザード』だって、もともとは現在のような超大作ゲームではなかった。ゲームの1作目が発売された当時のゲーム業界は、良くも悪くも自由だった。「ゲームを出せさえすれば、ある程度は売れる」という時代だったが、一方で玉石混交、完成しているかも怪しいクオリティのゲームが出回り、よく出来ていてもロクに宣伝されずリリースされ、誰にも顧みられず消えていくソフトもたくさんあった。『バイオハザード』はそんな戦国の世から出てきたタイトルだ。もともとはあまり期待されず、それでも開発チームが「自分たちの面白いと感じるものを作ろう!」という意志を形にして、ファンのあいだで口コミが広がって天下を取ったのだ。これはポール・WS・アンダーソン監督が手がけた旧実写版の1作目にも言えるのだが、作り手の「これが面白い!」という確信と意地がある作品は強いものである。
いくらでも無難なアプローチはあったろうに、あくまで自分の意地を貫いたザック・クレッガー。この男の姿勢には「一人くらい自由な奴がいていいじゃないか」と徳川家康ばりに踊って応えたい。涼やかな風が、吹いた。
■公開情報
『バイオハザード』
全国公開中
出演:オースティン・エイブラムス、ザック・チェリー、カーリー・レイス、ポール・ウォルター・ハウザー
監督:ザック・クレッガー
脚本:ザック・クレッガー、シェイ・ハッテン
製作:ロバート・クルツァー、ザック・クレッガー、ロイ・リー、ミリ・ユーン、カーター・スワン、アサド・キジルバッシュ
エグゼクティヴ・プロデューサー:オリヴァー・ベルベン、ヴィクター・ハディダ、リチャード・ライト、ロバート・ベルナッチ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://biomovie.jp
公式X(旧Twitter):https://x.com/biomovieJP





















