『風、薫る』直美を襲った小川の死 「ご苦労さまでした」上坂樹里が表現した静かな絶望

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』第109話では、戦争の終わりを知らせる新聞記事とは裏腹に、直美(上坂樹里)のもとへあまりにもつらい知らせが届く。小川(甲斐翔真)が出征してから1カ月。直美は無事に明を出産し、美津(水野美紀)やりん(見上愛)の力を借りながら、慣れない育児に向き合っていた。

 新聞が報じたのは戦争の終結。直美にとって、それは小川が帰ってくるという知らせでもあったはずだ。明を抱きながら夫の帰還を待つ時間にも、ようやく終わりが見えてきた。ところが、終戦からしばらく経っても小川は帰ってこない。近衛師団はそのまま台湾へと向かっていた。

 戦争が終われば、出征した人たちがすぐに家へ戻ってくるわけではない。直美にとっては「戦争が終わった」という大きな出来事より、小川がいつ帰ってくるのかということの方が切実だっただろう。夫にまだ見せていない明の顔。家族3人で始まるはずだった暮らし。小川の帰還を待つ時間が長くなるほど、その不安も大きくなっていく。

 そしてある朝、連隊の者が直美を訪ねてくる。告げられたのは、小川が陸軍予備病院で死亡したという知らせだった。台湾で岩場から転落し、負傷。そのまま帰らぬ人となったという。

 小川の遺品を受け取った直美は、「ご苦労さまでした」と頭を下げる。泣き崩れるわけでも、大声を上げるわけでもない。ただ、何が起きたのかを理解しきれないような表情で立っている。その振る舞いだけを見れば、いつもの冷静な直美にも見える。しかし、涙を流すことさえできず、ただ呆然としている上坂樹里の表情がかえって痛々しい。小川の死を理解しようとしても、気持ちがまだそこまで追いついていないのだろう。

 そんな直美の感情がわずかにこぼれたのが、小川の軍服を目にした時だった。「あんなにぎゅうぎゅうに縫い付けたのに……なんで」。出征を前に、無事に帰ってきてほしいという願いを込めて手を動かした直美。その軍服だけが戻ってきたのだから、あまりにも残酷である。

 小川と直美の関係は、最初から穏やかだったわけではない。患者への差し入れをめぐって口論し、直美の厳しさにも臆することなく向き合った小川。やがて直美が「肩の力が抜けます」と話せる相手となり、ようやく見つけた家族の一人になった。プロポーズを受けることにさえ怖さを感じていた直美が、小川との人生を選び、明を産んだ。その矢先の別れである。

 それでも直美は、すぐに仕事へ戻ることを決める。夫を亡くしたばかりなのだから、しばらく休んでもいいはずだ。それでも直美が患者のもとへ向かおうとするのを、りんは止めなかった。家で小川のことを考え続けるより、看護婦として目の前の仕事に向き合っている方が、今の直美にはまだ楽なのだろう。長く一緒に過ごしてきたりんだからこそ、そのことも分かっていたはずだ。

 直美にとって、看護の仕事は悲しみから目を背けるためのものではなく、立ち止まらずにいるための場所でもあるのだろう。文(内田慈)との別れを経験した時もそうだったように、今回もまた、気持ちを抱えたまま患者の前に立とうとしている。

 明を育て、看護婦として働きながら、小川のいない日々を直美はどう歩んでいくのか。そして、久々にりんのもとに姿を見せた多江(生田絵梨花)の再登場も、今後の展開を大きく動かしていきそうだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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