『風、薫る』多部未華子が体現する“大山捨松”の凄み “Fighter”としての先駆者像

 8月25日に放送された『風、薫る』(NHK総合)第107話は、大山捨松(多部未華子)の「Fighter」たるゆえんを思い起こさせる放送回だった。

 恵風看護婦会を訪れた捨松の用向きは、同居の家族に関することだった。大山巌(高嶋政宏)の連れ子の娘は労咳をわずらっており、捨松が自宅で看護していた。感染を防ぐため離れで療養することに対して、世間からは「夫が戦争で留守の間に、病気の娘を追い出して継子いじめをしている」と心ない中傷を受けていた。

 捨松がつぶやいた「看護がもっと理解されたら、私たちのすることもわかってもらえるのでしょうね」に反応したのは直美(上坂樹里)で、多江(生田絵梨花)について書かれた記事を取り出す。多江は患者である軍人に信用されず、思うような看護ができていなかった。話を聞いた捨松は「私にもまだやれることがありそうですわ」と瞳を輝かせた。

 慰問の一行として広島の陸軍予備病院を訪れた捨松は、多江が入院中の磯部(友永杏慈)の看護を行って上官にからかわれる様子を目にする。捨松は、多江に「私をうまく使えばいいわ」と言い、一計を案じる。

 今作の2人の主人公、一ノ瀬りん(見上愛)と小川(旧姓大家)直美が看護の道へ進むきっかけを作ったのが大山捨松だった。薩摩出身の陸軍大臣で、日清・日露戦争では陸軍大将となった大山巌の妻であり、女子教育と看護婦養成に尽力した捨松は、作品の背景を語る上で、また直接的な関わりにおいても『風、薫る』と切っても切れない関係にある。

 正直言って捨松は主人公でもおかしくないくらいの人物なのだが、知られざる先駆者を支えたキーパーソンとして登場させることで、その存在感が際立つ。演技巧者の多部未華子が演じることで画面が引き締まる。物語の転換点となり、りんと直美に気づきをもたらす役割を担ってきた。

 多江から事情を聞いた捨松は看護婦のエプロンを着用し、周囲の制止をふりきって病室へ。磯部に「寒くありませんか」と尋ねてから、周囲に聞こえるようにこう言った。

 「看護婦が親しげに入院中の負傷兵に話しかけますと、何を新聞に書かれるかわかりませんものね」

 これぞ大山捨松で、強気でなすべきことをする姿はまさに「Fighter」である。日本最初の女子留学生で、女子で初めての学士号取得者という肩書にとどまらず、多くの人々のために道を切り開いた捨松のすごさが第107話に凝縮されていた。捨松の中に困難に立ち向かう勇気があったことは胸に刻んでおきたい。

 捨松の助力によって軍人たちは看護に対する見方を改め、新聞の論調も変化した。看護婦の仕事を妨げることは国のためにならないと語り、看護婦の名誉を尊重してほしいと訴える捨松は、命を守るエッセンシャルワークの重要性を理解していたといえるだろう。

 第107話では、直美と吾郎(甲斐翔真)の夫婦の会話も描かれた。お腹の赤ん坊に話しかける2人はすでに「親」の顔なのだが、直美は、吾郎から子どもの名前について切り出されると話をはぐらかす。ドラマは直美の思いをたどっていく。

 仕事中に倒れて目覚めた直美は、かたわらにいるりんに、誰かと一緒に生きる今の境遇は自分には「ぜいたく」ではないかとつぶやく。こんな自分に家族ができ、お腹に子どもがいる事実を信じられない、という気持ちがあるのかもしれない。

 吾郎と直美の家族を持つことに対する距離感の違いは、子どもの命名にあらわれている。りんは、直美にとって名前は「大事なもの」であることを理解しており、吾郎もそのことを感じていた。捨て子の直美には名前がなかった。名前を付けることは、直美自身がしてもらえなかったことを我が子にすることでもある。

 戦火は広がっており、遠くないうちに吾郎は出征するだろう。親として、一人の女性として、直美は自分自身とどのように折り合いをつけるだろうか。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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