『風、薫る』“シマケン”佐野晶哉の煮え切らなさがもどかしい りんは新天地・新潟へ
7月14日放送のNHK連続テレビ小説『風、薫る』第77話では、新天地へ旅立つりん(見上愛)が周囲の人々との別れを惜しんだ。
新潟の女学校へ舎監として赴任することになったりん。勤務先の帝都医大で、同僚や医師たちに別れを告げる。りんが看護婦を辞めることは、少なくない衝撃とともに受け止められた。養成所時代から切磋琢磨してきた多江(生田絵梨花)は、事情を察しつつ、自分は辞めないと宣言。「この国の看護のトップになって、日本のナイチンゲールになる」と言い、成就した折にはりんを呼び戻すと伝えた。トメ(原嶋凛)も笑顔で送り出した。
山本(本田大輔)の主治医だった今井(古川雄大)は、りんが山本を無断で連れ出したことをとがめたが、りんの決断を「今回の判断は医療者として正しい」とやや皮肉交じりに評価。「患者と向き合えぬ者は去るべきだ」と口調は厳しいが、「共に働いてきた者としてはさみしいものだ」と述懐。院長の多田(筒井道隆)もそうだが、同僚の医師たちはりんの仕事ぶりを認め、共に働く仲間として受け入れていたことがわかる。
りんが成し遂げてきたことは、この国で初めての「トレインド・ナース」としての歩みである。試行錯誤の末に一つひとつ経験と知見を積み重ね、それらは後に続く者にとって道しるべになった。男性が作った道を女性が歩むのではなく、看護婦というそれまでになかった仕事を女性が切り開いたことを捨松(多部未華子)は評価する。「りんさんの姿そのものが、女学生たちにとっては何よりの手本になるはずです」と励ました。
それでも捨松の表情には一抹のかげりが見えた。りんたちを「容易ならざる道に引き込んだ」ことへの自責の念とともに「いつか看護婦として戻ってくると信じたい」と祈るような心境なのだろう。夫の大山巌(高嶋政宏)は捨松の心中を察し「おはんは優しかな」と妻を気づかった。
出立の前後はあわただしい。家のことは美津(水野美紀)や直美(上坂樹里)にまかせて、周囲の人々にしばしの別れを告げるりん。その中にはシマケン(佐野晶哉)の姿もあった。りんの家の前で立ち止まり考え込むシマケンは、いつになく真剣な表情で思いつめた様子だ。前話で槇村(林裕太)にりんと生きる未来について語ったシマケンだが、「これはもしかして」と視聴するこちら側の期待と緊張も高まる。
先にりんのほうがシマケンを見つけて声をかける。「本当に行くんですか」と尋ねるシマケンは、いつもの饒舌さが影をひそめ、用意してきた一言を伝えるべく立ち上がった。
口を開くまで9秒、「僕は」と2回繰り返し、次の言葉まで合わせて30秒。そして絞り出したのは「おじさんになる」だった。目をそらしたりんは無表情で視線がさまよい、まばたきした後いつもの笑顔で返した。物陰から決定的瞬間を目撃した直美には諦念が漂っていた。
「環ちゃんにとって、よく顔を見せるおせっかいな何者でもないおじさんになります」
りんが聞きたかったのは別の言葉だったはずだが、完全に肩すかしである。何者でもないシマケンがりんを支える細い大黒柱になることは、替えのきかない存在になることである。しかし、シマケンは踏み込まなかった。その代わり、これまでの延長でりんの周辺にとどまることを選んだ。
仮にシマケンが思いを打ち明けていたらどうなっただろう。おそらくりんは応じたのではないか。それはそれで幸福な帰結だし、モデルになった人物にも男女の感情の交錯はあったので展開として不自然ではない。
ただ、個人的にはりんとシマケンはうまくいかないように思う。その理由は2人とも自分視点で世界と対峙しているから。邪気がないだけで、自己実現が人生の中心にある。それ自体は称賛されるとしても、りんには環の母親というアイデンティティがあり、シマケンは文筆の仕事が板についている。ともに進む未来が想像しづらいのだ。
いっそのこと環に決めてもらえばいいのにとも思う。環だったら同居を否定しないだろうし、なし崩し的にシマケンが父親になっても受け入れてくれるだろう。しかし、ここでりんの新潟行きが環を女学校に入れるためという事実が重みを増してくる。環のために、りんとシマケンは離ればなれになる道を選んだ。
思いとは裏腹に、シマケンはここでどうにかしないと、りんとは何もないまま終わりそうだ。ハードルが上がりまくっていることに気づいてほしい一方で、煮え切らないシマケンを見てやきもきする時間もドラマ好きとしては嫌いじゃない。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK