『天幕のジャードゥーガル』は2026年を代表する一本 原作を深化させたTVアニメ化の意義
山田尚子の眼差しは原作と出会うことでより輝く
トマトスープの歴史を捉え直す眼差しに満ちた本作を映像化するのは、山田尚子を総監督に据えたサイエンスSARUだ。山田尚子は、本作を手掛けるにあたって最もふさわしい作家だと筆者は思う。
女性を描き続けてきた作家であるということもさることながら、同時に歴史のうねりに翻弄され、それでも強い意思と自立心で生き抜いた人々を描いてきた作家でもあるからだ。そんな山田尚子の作家性とはどんなものか。
彼女は新海誠との対談でこう答えている。
新海:僕たちの画作りって外側から見ると似たように捉えられるところもあると思います。レンズの感覚があって被写界深度を浅くしたり、色彩設計の組み立て方だったり。キラキラした感じと言えばいいでしょうか。ただ、それは僕が山田さんの作品を見て自分の作品をちょっとずつ寄せていった結果、という部分も正直あるんですよ。
山田:そんなこと言っちゃっていいんですか。調子に乗っちゃいますよ(笑)。
新海:いやいや、アニメーションにはいろんな理想があるけれど、その中のひとつとして、山田さんの、レンズを通してキャラクターたちの時間を切りとって見せるという理想もあるんですよ。僕はその理想の姿に近づいてみたいと思って、「君の名は。」以降、そっちに勝手に近づいていった感覚があるんです。でも「すずめの戸締まり」と今回の「きみの色」を並べてみると、やっぱり違っていて、向いている方向がそもそも違うんだなと実感しました。
山田:もともとカメラが好きで、好みのレンズがちょっと長めの、標準より望遠寄りなんです。そういう画が好きというところがあるかなとは思います。さらに言うと、そもそも絵を描いてアニメを作っているという感覚が薄いのかなと。いつからそうなのかは、今となっては思い出せないですけれど、当たり前のように「カメラで撮ってる」という感覚が、自分の中にあったように思います。
新海:キャラクターのことを(カメラで)撮ってるという感覚なんですか?
山田:そういう感覚、ありますね。
新海:ちょっと信じられない。僕は全部「作っている」「配置している」という感覚なので。だから憧れますね。(※1)
画面に存在するすべてのものをゼロから生み出すアニメーションにおいて、山田尚子の「撮っている」という感覚はきわめて特異なものだ。表面的にカメラ効果を用いるというレベルではなく、山田尚子の場合は、もう一段深いレイヤーで、対象をカメラで切り取っているという感覚がある。それが山田作品の根底を成しており、彼女の作家性に深く関わっている。
カメラを扱う時に重要なのは対象との距離感を含む、カメラの置き方であり、カメラは作り手の目を代弁するものである。カメラの使い方に作家のあり方が表れると言っていい。
是枝裕和監督は、かつて映画監督は「どう見せるか」と「どう見つめるか」の2種類に分けられると書いていたが(※2)、山田尚子は明確にどう見つめるかを考えるタイプの作家だ。カメラで対象をどう見つめるか、そのこと自体に山田尚子の作家性は刻印される。
それゆえに、山田尚子の作家性は見つめる対象があらかじめ存在していた時にこそ、強く発揮される。本人もオリジナル気質ではないと発言していたこともあるが、それは彼女の作家性が、見つめることから来るものだと考えれば納得がいく。原作をいかに彼女が解釈し、どのような距離感とフレーミングで見つめるのかが重要なのだ。
『リズと青い鳥』の大胆なアレンジも、琵琶法師の物語として『平家物語』を捉えるのも、原作に対して彼女の視点の置き所が発揮された事例と言えるだろう。
『天幕のジャードゥーガル』においては山田監督は2話の絵コンテを担当している。彼女らしいフレーミングに溢れたエピソードとなっているが、とりわけズムッルドが死にゆく時に夕日を見つめているシーンでは、夕日が浮かぶ彼女の目をクローズアップにして、その日が消えてゆくことで彼女の死を描いている。全体ではなく、断片を見つめて描く山田尚子の眼差しのあり方が端的に表れたショットだ。
その瞬間、最も人物の感情が表れているのは身体のどこか、一番大事な感情を描くために、山田尚子は常にそれを見つめようとする。断片によって全体を想像させるように見つめる彼女の作劇は、トマトスープの中世に生きた女性たちに向ける眼差しとも共鳴する。大事なシグナルを見逃さないことで山田尚子はキャラクターに敬意と尊敬を表すのだ。
冒頭、逃げるシタラの躍動感
本作は山田総監督、アベル監督の二頭体制での制作となる。山田尚子の作家性が眼差しにあるとすれば、アベル監督は動きを見せることにそのセンスを発揮するタイプと言える。
元々、フラッシュアニメーションを用いた躍動的な作画で名をはせたアニメーターであり、演出に回ってからも、近年では『ダンダダン』第1期のオープニングなど、センスあふれる映像で多くのアニメファンを魅了している。
『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』ではオフビートな作風をアクション満載で描き、素晴らしい作品に仕上げている。今作では派手に動かすだけでなく、日常芝居を巧みに織り交ぜた緩急ある映像に仕上げており、当時の生活感を立体的に表現している。このことによって、デフォルメされたキャラクターに命があることが実感でき、原作マンガからさらに当時の社会とそこに生きる人々の解像度を高めている。
重要な『天幕のジャードゥーガル』第1話では、冒頭にシタラが奴隷売りから逃げ出すシーンを追加。これを俯瞰で捉えた一連のシークエンスは、これから始まる物語を端的に象徴するものになっている。逃げる幼いシタラをカメラは上から捉え、捕まってしまった瞬間に、シタラが空を飛び立つ鳥を見上げるショットに切り替える。捉われのシタラと対照的に自由に飛び立つ鳥の対比が、シタラの境遇を端的に表している。
知識を得る前のシタラは、飛び立つ自由な鳥にはなれない。まだ縛られた存在であることを強く印象付けてこの物語を始めるようにしている。同時に、逃げ出す躍動感ある少女の描写は、彼女がおとなしいだけの存在ではなく、自ら生き生きと動く、自立した存在であることも見事に印象付けている。
その知恵ゆえに歴史では魔女と呼ばれた女性を、一人の自立した知性ある人物として見つめなおす本作。この作品は、視聴者一人ひとりの世界を見る眼差しをも変える力を持っている。2026年を代表する一本である。
参照
※1. 藤津亮太「SPECIAL TALK SESSION 「きみの色」とアニメーションのかたちをめぐって 監督対談山田尚子×新海誠」、キネマ旬報1014年10月号、キネマ旬報社(P46~47)
※2. 是枝裕和「残酷さとやさしさの距離」、『マイ・ネーム・イズ・ジョー 公式映画パンフレット』、シネカノン発行、1999年7月17日(P14)
■放送情報
TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』
テレビ朝日系全国24局ネット“IMAnimation”枠・BS朝日ほかにて、毎週土曜23:30~放送
BS朝日にて、毎週土曜25:00〜
AT-Xにて、毎週日曜22:30~放送
CSテレ朝チャンネル1にて、7月12日(日)スタート 毎週日曜22:00〜放送
アニマックスにて、8月1日(土)スタート 毎週土曜21:00~放送
キャスト:関根明良(シタラ)、小清水亜美(ドレゲネ)、桑島法子(ファーティマ)、齋藤潤(ムハンマド)、下野紘(オゴタイ)、鈴木崚汰(トルイ)、入野自由(シラ)、浪川大輔(チャガタイ)、野島健児(ジュチ)、久野美咲(ソルコクタニ)、朝井彩加(モゲ)、新谷真弓(キルギスタニ)、????(ボラクチン)
原作:トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』(秋田書店『Souffle』連載)
総監督:山田尚子
監督:Abel Gongora
シリーズ構成:加藤還一
キャラクターデザイン・作画チーフ:吉田健一
音楽:日野浩志郎
アニメーション制作:サイエンス SARU
オープニングテーマ:SEKAI NO OWARI「Stella」
エンディングテーマ:女王蜂「星」
©トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会
公式サイト:https://anime-jaadugar.com/
公式X(旧Twitter)国内:https://x.com/anime_jaadugar
公式X(旧Twitter)海外:https://x.com/Jaadugar_global