見上愛が表現する『風、薫る』の“暗さ” 本田大輔との芝居で際立つ“言葉を飲み込む”表現
見上愛が、NHK連続テレビ小説『風、薫る』でりんの新たな表情を見せている。物語序盤から、りんは思い立ったらすぐに動き出す行動力と、人の痛みにまっすぐ近づいていく優しさで周囲を動かしてきた。どこか危なっかしくも、そのひたむきさがりんの魅力だった。だが、第14週「ウソと誠」から登場した山本(本田大輔)との一件は、そんなりんの明るさだけでは受け止めきれない現実を突きつけている。
第70話では、手術を終えた山本の容体が思わしくないことが明らかになる。さらに花火大会の日、山本はりんに「家に帰りたい」と訴える。妻・テイ(伊勢佳世)との時間を望む山本の切実な願いを前に、これまでまっすぐに患者へ向き合ってきたりんにとって、初めて“寄り添うこと”の難しさを突きつける出来事になっている。
山本は、浮薄で陽気で、看護婦たちに対しても簡単には心を開かない患者として描かれてきた。しかし、その言葉の奥には、妻・テイへの思いや、残された時間をどう過ごすのかという切実な願いがある。その思いに触れたりんは、看護婦として患者を守らなければならない立場と、ひとりの人間として山本の願いを叶えてあげたい気持ちの間で揺れることになる。患者に寄り添うとは、優しい言葉をかけることだけではない。相手の人生に踏み込みすぎてしまう怖さを知ることでもある。
「最後に一つ、嘘をつかせてほしい」と訴える山本を前に、りんはすぐに言葉を返せない。命の危険を理解しているからこそ、看護婦としては止めなければならない。けれど、山本が家に帰ろうとする理由を知ってしまった以上、ただルールだけで突き放すこともできない。山本の願いを受け止める沈黙には、りんの迷いと、これから自分が選ぼうとしていることへの覚悟が表れていた。見上はここで、感情を大きく爆発させるのではなく、言葉を飲み込むような間でりんの葛藤を見せている。
りんはもともと、思ったことがすぐ言葉に出る人物であり、その勢いが彼女のまっすぐさでもあった。しかし山本と向き合う場面では、言葉を選ぶように声が慎重になる。励ましたい。けれど、軽々しく励ませる状況ではない。止めなければならない。けれど、山本の思いを知ってしまった以上、強く言い切ることもできない。見上はその板挟みの感情を、台詞の強弱だけでなく、言葉を発するまでの間や、声の抑え方で表現している。りんが何を言ったか以上に、何を言えずにいるのか。その沈黙まで含めて、山本の前で揺れるりんの心情を伝えていた。
見上はこれまでも、感情を内側に抱えた人物を印象的に演じてきた。NHK大河ドラマ『光る君へ』では、藤原彰子の言葉にならない思いを、視線や佇まいの変化で丁寧に表現。『往生際の意味を知れ!』(MBS/TBS)では相手を翻弄するミステリアスな存在感を放ち、『liar』(TBS系)では恋愛の中で揺れ動く感情の危うさを体現していた。いずれの作品でも共通しているのは、人物の感情を大きく説明しすぎず、表情や間の中に残すことだ。『風、薫る』でも、見上はその持ち味を発揮している。山本の願いを前に言葉を失うりんの姿からは、正解のない選択を迫られた人物の苦しさがじっとりと伝わってくるものになっていた。
山本を病院から連れ出したことは、りんにとって大きな転機になる。山本の願いを叶えたいという気持ちは、りんの優しさから生まれたものだ。だが、その行動は看護婦として到底許されるものではないだろう。患者のために動いたはずなのに、その選択が自分の立場を揺るがすことになるのは確実だ。見上が巧いのは、りんの行動をただ美しいものとして見せずに、優しさと危うさ、覚悟と不安の両方を丁寧に表現している点だ。
患者の願いにどこまで応えるべきなのか。看護婦として何を守るべきなのか。その問いに向き合うりんの姿は、これまでの明るくまっすぐなヒロイン像とは違う表情を見せている。見上にとっても、今回の展開は朝ドラヒロインとしての存在感を強く印象づける場面になるだろう。この先、見上がどのようにりんの痛みと成長を演じていくのか。山本との一件を経て変わっていくりんの姿は、見上という俳優の新たな魅力を映し出すものになりそうだ。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK