『箱の中の羊』大悟はなぜ主演として成立したのか? “自然体”が生んだ俳優としての説得力

 俳優の演技を評する際、“自然体”という言葉をよく耳にするし、目にする。実際に私もこの言葉を数えきれないほど口にしてきたし、書いてきた。しかし改めて自然体とは何なのかと問われると、ちょっと答えに窮してしまう。映画やドラマ、舞台はそれぞれフォーマットが異なるし、作品のジャンルもテイストも多様だ。だから本来であれば自然体というものは、各作品ごとに定義が異なるはず。しかしいま多くの人々が、『箱の中の羊』における大悟の演技を自然体だと評している。この根拠はいったいどこにあるのか、改めて考えてみたい。

 彼が綾瀬はるかとダブル主演を務める本作は、是枝裕和監督の最新作にして、大悟にとって初主演映画。2年前に亡くなった息子・翔(桒木里夢)とまったく同じ姿をしたヒューマノイドを迎え入れる、ひと組の夫婦の物語を綴る作品だ。妻の音々(綾瀬はるか)は“息子”の帰還を喜ぶが、夫の健介(大悟)は戸惑い、素っ気ない態度を取ってしまう。こうした息子=ヒューマノイドに対する夫婦間の温度差のある状態から、この家族の物語ははじまる。

 個々の登場人物たちが抱える設定はどれも複雑だが、ここでは健介だけに注目することにしよう。愛する息子のいない日々を生きてきた彼の生活の中に、ヒューマノイドの翔は現れた。見た目こそ息子とそっくりだが、やはり本当の翔ではない。けれども彼との交流を重ねるうちに、健介の中にはいろんな感情が渦を巻いていくようになる。とはいえもちろん、私たちは彼の内面のすべてを知ることはできない。しかし彼の置かれている複雑な状況に思いを馳せると、その心中は相当に複雑なものであるはずだと理解できるだろう。

 この絡み合った“複雑さ”を、大悟が演技者として理解し、身体レベルにまで落とし込んだうえで表現しているとは思えない。これを高いレベルで実現させられるのは、長い訓練を重ねてきた俳優の中でさえほんの一握りだろう。そもそも是枝監督は、お笑い芸人である大悟に対してそういったアプローチで撮影に臨むことを望んではいなかったはず。事実、口にすべきセリフを現場で監督から耳打ちされたことを大悟本人が明かしている。『誰も知らない』(2004年)や『奇跡』(2011年)などで、子役たちの瑞々しい演技を引き出す際に用いられてきた手法だ。独自にキャラクターを作り込むことなく、監督の演出に身を委ねる。これによって、演技経験が豊富だとはいえない大悟の芝居のトーンは作品の世界観からはみ出すことなく、物語に寄り添うものになったのだろう。

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