『風、薫る』が描く新しい“明治”とは? 時代考証が明かす史実とフィクションの境界線

これからの見どころは“文明化のグラデーション”

ーーそんな卯三郎や捨松が、主人公のりんや直美に関わっていく構図も本作の魅力ですね。

久保田:そこは非常に絶妙な取り合わせだと感じています。卯三郎も捨松も、西洋の文明を日本に浸透させていこうとする中で、一般の人にはなかなか理解されず、大きな壁にぶつかってきた人たちです。彼らは常に「国全体を、一般の人たちをどう文明化に導いていくか」という目線を持っていました。これから西洋式の教育を受け、新しい時代の「看護婦」になっていくりんと直美も、同じように社会の壁にぶつかっていくはずです。すでにその壁を経験してきた先駆者たちが、次世代の若者たちに何を期待し、どう関わっていくのか。卯三郎と捨松は、まさに明治の文明開化を象徴する存在として描かれていると思います。

ーー近年、『ばけばけ』『風、薫る』『逆賊の幕臣』『ジョン万』など、NHKで明治を舞台にした作品が続いています。時代考証のお立場から見て、制作陣はどのような「新しい明治」を描こうとしていると感じますか?

久保田:当時の日本は、他の東アジア諸国と比べると、西洋の圧力に対して「一番スムーズに文明化が進んだ」と国際的にも評価されています。しかし実際には、洋装を着る卯三郎や捨松のような一部のエリートと、和装で過ごす一般の人々、つまり本作の主人公であるりんたちとの間には大きな対比がありました。一般の人々が文明開化や憲法などをどこまで理解していたかというと、実はあまり理解していなかったのではないかと思います。国全体としては文明化がうまくいったように見えますが、「実は当時の一般の人たちはかなり苦労していた」という事実があるんです。単純な「文明開化の成功物語」としてではなく、その裏にあった「一般庶民の戸惑いや苦労」の部分をクローズアップして描こうとしている。そこが新しい視点であり、非常に面白いアプローチだなと感じています。

ーー史実とドラマとしての演出の「線引き」はどのように行われているのでしょうか?

久保田:本来であれば、時代考証というのは史実に基づいて「ここからはダメ」「ここはグレー」といったことを明瞭にするのが役割なのかなと思います。ただ、個人的には「グレーだったらドラマで描いてもいいのではないか」と思っているところがあります。というのも、本作の舞台となる明治は「文明開化」がキーワードになる時代です。その時代に存在はしているけれど、まだ一般の人々には広まっていないものが今後もいろいろ出てきます。登場人物がそれを使うにはまだ少し早いかもしれない場合でも、「この時代にこういうものが出てきたんだ」と視聴者の皆さんに知ってもらうことは、すごく良いことだと考えているんです。もちろん、明らかに「この時代には存在しない」というものについては指摘させていただいています。

ーー最後に、視聴者に向けて「ここに注目すると面白い」というポイントを教えてください。

久保田:これから徐々に「文明化」と呼ばれるものが作中にもっと出てくると思います。りんや直美が看護婦へと成長していくにつれて、受ける教育も西洋的になっていきますし、そこで扱われている道具や、ちょっとした言葉遣いがだんだんと“今っぽく”なっていくんです。そうした「文明化のグラデーション」に注目して観ていただくと、よりドラマを楽しめるのではないかと思います。

■放送情報
2026年度前期 連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から土曜8:00~8:15放送 ※土曜は一週間を振り返り ※NHK ONEで同時・見逃し配信あり
NHK BS・BSプレミアム4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送
出演:見上愛、上坂樹里ほか
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
音楽:野見祐二
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「風と町」
語り:研ナオコ
制作統括:松園武大、宮本えり子
プロデューサー:葛西勇也、松田恭典
演出:佐々木善春、橋本万葉、新田真三、松本仁志ほか
写真提供=NHK

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