『お別れホスピタル2』が描いた“対話”の意義 誰もが最後は一人だからこそ大切なこと
「命は一つしかない。だから、ずっと問いかけ続けなくちゃいけない。あなたは、本当は何を思ってるの? 私は、本当はどうしたいの? あなたと話したい」
そんなモノローグとともに辺見(岸井ゆきの)が海岸から日の出を見つめる場面で幕を閉じた『お別れホスピタル2』(NHK総合)。そこはかつて、辺見が本庄(古田新太)と立っていた場所だ。「あなたと話したい」の「あなた」には、本庄も含まれているのだろう。朝陽を受けた辺見の瞳のまたたきが、今はもういない本庄の存在を浮かび上がらせる。
『お別れホスピタル2』が問う“生き続ける”意味 答えのない問いを考えるための45分間に
NHKドラマ『お別れホスピタル2』前編の考察レビュー。岸井ゆきのら続投キャストが終末期病棟の過酷な現実と向き合う。尊厳を失っても…本作は、沖田×華の同名漫画を原作に、重度の医療ケアが必要な人や、在宅の望めない人を受け入れる療養病棟の看護師・辺見歩が、さまざまな患者の生と死を見つめる物語だ。
シーズン1で入院患者だった本庄は、病に侵され、自分が自分でなくなる前に、生死を分ける柵の“向こう側”に行ってしまった。もうすぐ死ぬことは分かっていて、それでも最後まで生き切るための「希望」を与えられなかった後悔は、大きな傷として辺見の心に残った。
その苦しみを和らげる手段として、病院のカウンセラーが提示したのが「誰かと話すこと」だ。最初は適当だなと思った辺見だが、医師・広野(松山ケンイチ)と居酒屋でとりとめのない会話を続けるうちに、最終的にはそれが真理であると認めることになる。誰かと話すこと。その意義が、シーズン2では新たな患者たちのエピソードを通して深められていった。
後編の冒頭15分は、末期の間質性肺炎で入院中の角川(阿川佐和子)とその家族に焦点があてられた。幼少からずっと連れ添ってきた夫の“サブちゃん”こと、三郎(柄本明)は妻が重篤であることから目を逸らし続けている。「サブちゃんが泣いちゃうから」と、苦しくても頑なに酸素マスクをつけない角川を見て、かつて広野が辺見に語った「家族の愛は沼」という言葉が思い起こされた。
愛ゆえに延命治療を希望する夫婦と、愛ゆえに母を苦しみから解放してあげたいと願う娘。「生きてそこにいるということがご家族にとって幸いになったりしませんか?」と広野が聞くのは、まさにそのケースを知っているからだ。
入院中に肺炎を起こして自発呼吸が難しくなり、シーズン1で人工呼吸器をつけた水谷(田村泰二郎)。それは、認知症で人が変わったように暴力をふるい始めた夫との「穏やかな日々をもう一度」と願う妻・久美(泉ピン子)による強い希望だった。しかし、夫を見送る前に妻の方が先に亡くなるという結果に。本人が生前に「私がいなくなっても、きっとここの人たちが最後までお父さん見てくれる」と語っていたように、久美亡き今も水谷は毎日清潔なベッドの上で眠っている。
しかし、それは誰かが入院費を払い続けているからこそ成り立つものだ。父と妻のダブル介護で憔悴しきった水谷の息子の口から「人工呼吸器って外したりできませんか?」という言葉が無意識に出てきた時のやるせなさといったらない。広野も、その苦しみがもうすぐ終わることを暗に伝えるだけで精一杯だった。
角川は最後は病気で苦しんだけれど、自分の口で「もう頑張りたくない」と意志を伝え、希望通りの終幕を迎えられたのは唯一の幸いだったかもしれない。何を思い、本当はどうしたいのか。水谷の場合は認知症で意思疎通が難しく、聞きたくても聞けなかった。人工呼吸器で生きながらえたその時間は久美の心を慰めたけれど、息子を苦しめもした。久美の判断が正しかったのか、間違っていたのか。答えは、誰にも分からない。ああしておけば良かった、こうしておけば良かったという議論は、どこまでいっても結果論でしかないからだ。