『ばけばけ』トキ×ヘブンの“なんでもない会話”が描いてきたもの 目には見えない心の在り方

 進んでいないようで進んでいる時間と、変わっているようで変わっていない登場人物たちの人となり。「何も起きない物語」の中でも、彼らの人間関係は多様に広がり、密接につながっていく。日本人と西洋人、女中と雇い主、そして夫婦へと移り変わっていくトキとヘブンの関係性が緩やかに描かれるなかで、大好きな怪談が2人の距離を縮めるきっかけになったのは間違いない。それでも、スキップの練習や山鳩のモノマネなど、トキとヘブンの間で交わされた独特な日本語でのコミュニケーションがあったからこそ、通りすがりの人を望んでいたヘブンの横で、いつの間にか歩幅を合わせながら歩くトキとの不思議な関係性が養われたように思う。ヘブンのモデルになった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、日本に伝わる口承や説話に残る「目には見えない心の在り方」を大切にしていた。まさに本作は、目には見えないものに宿る寂しさや愛おしさを、物語を通してずっと映し出していた。

 今の世の中では、極端なほどの悲しみや喜びに目がいくようになっている。情報の海で自然と目に飛び込んでくるのは、より多くの人のアテンションを集めるために生成された過激なコンテンツ。SNSでの誹謗中傷は止むことはなく、国内外で戦争の足音が日に日に大きくなり、差別は嫌が応にも日常を過ごす人々の視界に入り込んでくる。

 それでも生活は止まることなく続いていくし、どれだけ苦しくても、悲しくても、家族や友人との会話で不意にクスっと笑ってしまうことがある。それが人間の性であり、日常というものだ。本作は極端な悲しみと喜びだけで構成されているわけではない人生を、この世の恨めしさもすばらしさもひっくるめて、日々の生活に潜む他愛のない会話をもってして描いてくれた。

 松野家の行ったり来たりする自由な会話や、視聴者の声を見事に代弁してくれる阿佐ヶ谷姉妹の語りを毎日、聞けなくなるのは寂しいが、もうしばらくトキとヘブンの当てのない散歩を見守っていたい。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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