“クソダサい”イ・ビョンホンが誕生 『しあわせな選択』が突きつける現代社会の異常性
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、マイベスト韓国映画は『オールド・ボーイ』の玉置が『しあわせな選択』をプッシュします。
『しあわせな選択』
しかし本作は、そんな我々の身構えを鮮やかに、そして軽やかに裏切ってくる。想像以上にエンタメ性に振り切ったシュールなドタバタ・ブラックコメディなのだ。思えば『オールド・ボーイ』のときから、彼はずっと皮肉の効いたブラックジョークをフィルムに忍ばせてきた。ある意味で本作は、そのユーモアのセンスが本領発揮された作品と言えるかもしれない。だからこそ、極度の緊張感の中にポンッと放り込まれるシュールな笑いが、あまりにも自由で心地よい。
主演を務めるのはイ・ビョンホン。今回もさぞかし渋い“イケおじ”が見られるのだろうと期待する方も多いと思うが、残念ながら(いや、むしろ歓喜すべきことに)、今回のイ・ビョンホンは最高に“クソダサい”。
ヘビがトラウマになり、甲高い声を上げて棒で地面を何度も叩くシーンもあれば、虫歯の痛みにウンウンと悩まされたり、公共の場で下着姿になってしまう情けない姿まで晒す。彼が演じる主人公マンスの行動は、倫理的にアウトな局面でも悪い意味での「一貫性」があっておかしい。こんなにも様々なパターンの“ダサかわいい”(?)イ・ビョンホンを堪能できる映画は、後にも先にも本作だけだろう。
コメディ色が強いとはいえ、そこは我らがパク・チャヌク。映像や音響のディテールにおける変態的なまでの作り込みは健在だ。一人称視点カットと望遠ズームが印象的に使われ、キャラクターの心理描写を巧みに炙り出す。また、風の音、自然音、環境音が非常に効果的かつ象徴的に配置されており、手のひらにメモを書く主人公の癖など、本作の底流にある“アナログ感”と絡み合ってスクリーンに響き渡る。
ここで特筆すべきは、本作がドタバタ劇の皮を被りながらも、シリアスなサスペンスとして一級品の「格」を保っている点だ。全編に漂う異様な緊張感は、計算し尽くされた撮影と編集、そして俳優陣の狂気すれすれの演技の賜物である。原作であるドナルド・E・ウェストレイクの小説『斧』にちなんで、劇中で「斧」というアイテムやワードが象徴的に扱われる点も、本作を観る上で意識してほしいポイントだ。
中盤以降、物語は、再就職を熱望する主人公マンスが、同業のライバルたちを次々と「物理的に」排除していく狂気の展開へと突入していく。韓国の格差社会や失業問題という構造は、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』にも通じるテーマを内包しているが、本作はその社会問題を真っ向から描こうとする意思は薄い。あくまで、この極上のブラックコメディを回すための「からくり」の一部として捉えているのだ。だからこそ、我々は変に説教臭さを感じることなく、純粋なエンターテインメントとして楽しむことができる。