倉悠貴、“いけ好かない奴”からキーマンへ 『教場』シリーズが引き出す俳優としての真価

 氏原が何者なのか、端的に結論から述べてしまおう。彼は“とある人物”から雇われ、金のために「教場」へとやってきた。だからここで学ぶためのモチベーションもなければ、仲間たちと切磋琢磨することで充実感を得ることもない。ただ淡々と、警察官を志す若者を演じるだけ。この真実が明かされたとき、『教場 Reunion』から『教場 Requiem』にかけて演技を立ち上げてきた倉に対し、改めて感心したものだ。風間は教え子たちの心の歪みを見逃さず、ここを突く。これがドラマになる。俳優たちはこの歪みこそを表現しなければならない。それは個々のキャラクターの本質だともいえるものだろう。

 けれども氏原の場合はどうか。彼が抱える心の歪みは、最後の最後まで明かされることがない。ほかのキャラクターの場合はこの歪みが垣間見えるように、私たち視聴者にはヒントが提示されてきた。そしてこのヒントを手がかりに、個性的なキャラクターたち一人ひとりの本質を、風間とともに見定めていく。これが『教場』シリーズの構造であり、我々と作品との関係性だ。氏原は分かりやすい個性の持ち主ではなく、ミステリアスな人物である。自身を偽っていたのだから、そう映って当然だ。倉は彼の心の歪みをほとんど完璧に隠してきた。

 しかしだ、俳優がただ役の本性を隠し続け、最後に明かすだけではつまらない。これは禁じ手といってもいいだろう。作劇と演出の力を借りれば、どれだけ経験の浅い者だって演じることができるのだから。こういった役どころを演じる者が目指すべきなのは、役の本性を仄めかしながらも、何食わぬ顔でチームの一員であり続けること。氏原は付かず離れずの状態で、「教場」にとどまり続けた。これを実現させたのは、作劇と演出の力はもちろんのこと、演じ手である倉の力にほかならないだろう。劇中の氏原が熱くなることはないが、かといって冷め切った姿を見せるわけではない。教官の前でまで冷めた態度を取っていては、「教場」にいられなくなるからだ。

 知的でクールな印象を維持したまま、同時に得体の知れなさをにじませる。チームの一員であり続けながら、個としての存在感をキープする。これは『教場』シリーズで俳優たちが挑んできたものの中でもとくに難しいものだと思う。作品の全体像の中に、自身が演じるキャラクターをどう位置づけるか。個としての表現力はもちろんだが、これこそがもっとも重要。俳優・倉悠貴はポジショニングが抜群に上手い演技者だ。彼の出演作が絶えないその理由は、『教場 Requiem』に触れれば明らかである。すでに第一線に立っている存在なだけに、倉がここからどこまで飛躍していくのか。その着地点はまだまだ見えない。

■配信・公開情報
映画『教場 Reunion』
Netflixにて独占配信中
映画『教場 Requiem』
全国公開中
出演:木村拓哉、綱啓永、齊藤京子、金子大地、倉悠貴、井桁弘恵、大友花恋、大原優乃、猪狩蒼弥、中山翔貴、浦上晟周、丈太郎、松永有紗、佐藤仁美、和田正人、荒井敦史、高橋ひとみ、佐藤勝利、中村蒼、小日向文世、赤楚衛二、白石麻衣、染谷将太、川口春奈、味方良介、大島優子、三浦翔平、濱田岳、福原遥、目黒蓮、坂口憲二
原作:長岡弘樹『教場』シリーズ/『新・教場』『新・教場2』(小学館刊)
脚本:君塚良一
監督・プロデュース: 中江功
配給:東宝
©フジテレビジョン ©長岡弘樹/小学館
公式サイト:https://kazama-kyojo.jp/
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