木村拓哉はなぜ“型破りな役”が似合う? 『HERO』『教場』で証明してきたスターの本質
木村拓哉は型破りな役がよく似合う俳優だ。いや、そのすべてを“ものにしてきた”と言うべきか。彼の新たな代表作『教場』で演じる警察学校の鬼教官・風間公親もまた、この系譜に連なるキャラクターだろう。同作はシリーズ最新作となる『教場 Requiem』が劇場にて封切られたばかりのところであり、最新の“キムタク像”が世に解き放たれたわけだ。そしてこの公開を記念して、2015年の映画『HERO』が地上波で放送される。いまから約10年前のキムタク像に、私たちはお茶の間にいながら触れることができるというわけなのである。
木村の代表作を挙げ出したらキリがない。映画にしろドラマにしろ、主演作のほとんどが彼の代表作だと言っていい。90年代なら『ロングバケーション』(1996年/フジテレビ系)や『ラブジェネレーション』(1997年/フジテレビ系)があり、ゼロ年代には『ビューティフルライフ』(2000年/TBS系)をはじめとするいくつもの「名作」がある。“平成リバイバルブーム”の流れも手伝って、この令和の時代に配信によって各作品と出会っているオーディエンスも多いことだろう。そして改めて誰もがこう思っているに違いない。キムタクは平成という時代の顔なのだと。そう、平成はキムタクで溢れている。
そんな中でも2001年の1月に放送がはじまった『HERO』(フジテレビ系)は、木村の代表作の最たるものだろう。『教場』と同じくシリーズ化され、「劇場版」が2作も公開。このたび放送されるのはその第2弾だ。木村が演じる主人公・久利生公平は検事であり、その言動のすべてがまさに「型破り」そのもの(作品の公式情報にもそう記されている)。カジュアルなファッションと茶髪がトレードマークで、多くの人がイメージする検事像からは大きく外れている。カリスマ的な存在であるキムタクだからこそ立ち上げることのできたキャラクターだと思う。
本作で久利生が挑むのは、一件の交通事故を発端とした事件。日本において“治外法権”が認められているとある国の「大使館」を相手に、彼は仲間たちとともに真実を求めて立ち向かっていく。非常にスケールの大きな物語が展開していくのだ。