『ばけばけ』熊本の“何気ない日常”が愛おしい クマの懸念は情報社会の現代人にも刺さる
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第98話では、引き続き、熊本の生活に慣れようとしている松野家の人たちの姿が描かれた。
環境が変わった松野家の面々は、とにかく時間を持て余していた。トキ(髙石あかり)が畳に寝そべり、使った鼻紙を投げてゴミ箱へ入れようと試みるほどだ。こういうのは一度失敗したら笑ってゴミ箱へ入れて終わりだろうが、トキはあろうことか鼻紙を拾い上げてなんとなくゴミ箱との距離をはかって再挑戦しようとする。つまり、それくらい暇なのである。
でも、この“何気ない日常”こそ松江では得られなかったものであり、実は何よりも輝いている愛おしいもの。ヘブン(トミー・バストウ)と一緒に熊本にやってきた丈(杉田雷麟)は、女中のクマ(夏目透羽)の台所仕事を眺めていた。朝から焼き網を使って直火でトーストを焼いているクマ。「偉かろう? 朝から」「偉い偉い。焦がしちゃいけないし」そんな言葉を交わし、時にはこだわりが強く、すぐに怒ってしまうヘブンの真似をして笑い合いながら朝の準備を進めていく。
直火のトーストは目を離したらすぐに焦げてしまう。だからクマは「いつか誰も見とらんでも、トーストがきれいに焼ける道具ができたらよかとにね」と願望を口にする。すると、「魚が勝手に焼けるもの」「勝手に米が炊ける道具」「勝手に沸くお風呂」「勝手に洗濯するたらい」と「欲しか〜」となるものがどんどん出てくるが、楽しそうだったクマは突然、「そぎゃんあったら私、いらんたい」と顔を曇らせる。
現代にいる私たちは、これらが全部叶っていることを知っている。それ以上にもっと便利になって今やAIができ、性能の向上や活用方法が盛んに議論されている。その一方で、自分の仕事がAIに奪われる可能性も出てきており、クマが心配したように「私、いらない」という状況を生み出しつつある。歴史は繰り返されるのかもしれない。でも、家事が女中の手を離れても“いらない人”ができたわけではなく、その分、新しい仕事が生まれた。だからきっとAIがさらに進化して、“奪われる仕事”ができたとしてもまた新しい仕事、そして新しい価値観が生まれるはずだ。丈とクマの穏やかで甘酸っぱい場面は、いつの間にかなんだかチクっと心に刺さり、ささやかな希望が生まれるような場面となっていた。
その後、丈は「丈さん、頭よかとやけん そぎゃん道具ば考えてよ」と言われていたが、彼のモデルとなったと考えられる西田千太郎の弟・精は工学博士となり、各地の上下水道の調査設計に尽力している。便利な道具よりもさらに大切なライフラインの普及に力を尽くしたのだ。クマのこの言葉も丈の背中を押すのかもしれない。
平和すぎると自分が「平和ボケ」しているんじゃないかと不安になる人もいる。長年、多額の借金を抱え、切り詰めた生活をしてきた司之介(岡部たかし)は多分このタイプだろう。第97話で、トキの幼少期のウサギ商売のことを思い出させるような、怪しい小豆商売に手を出した司之介。「また司之介は!!!」と怒る準備をしていた人も多かろうが、結果として逆にお金が増えてしまった。意外にも、司之介本人も悲劇的な展開を望んでいたようで、戸惑ってしまっていた。そうして松野家の人たちはそれぞれの形でなかなか思い通りにいかない日常を嘆いている。
そんな中、トーストに使う焼き網が紛失する事件が発生。ヘブンも何も書けず、かわいいカエルのパラパラ漫画を描いて過ごしているような日々に変化は訪れるか。次回は『ばけばけ』ミステリー劇場の開幕、かもしれない。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK