『パプリカ』が予言した現代の混沌 フェイクニュース時代の今こそ観るべき今敏の遺作
リアリスティックなタッチで、“大人が楽しむアニメーション作品”という、日本がさきがけとしていた分野において特に活躍し、国内外の多くの人々を魅了した、今敏。46歳というあまりに早すぎる夭折は、アニメーション史のなかで大きな喪失として記憶されている。
とりわけ彼が遺した、劇場用長編アニメーション4作への評価は衰えることなく、亡くなった後にアニー賞生涯功労賞を受賞するなど、その存在感はむしろ増している。1990年代から2000年代にかけてのアニメーターたちの職人的な技術の高さを現在に伝えるうえでも、うってつけの作品群だといえよう。そして、その最後の一作となった、筒井康隆原作の『パプリカ』(2006年)が、いままさに劇場に「4Kリマスター版」として帰還している。
この今敏の再評価の波がきているタイミングで、本作『パプリカ』を振り返ってみたい。また、そこで何が描かれていたのかを深掘りし、“いま”この映画を観る大きな理由について考えていきたい。
物語のキーアイテムとなるのは、他者の夢を共有することを可能にする画期的なサイコセラピー機器「DCミニ」。この機能を利用して、何者かが特定の人物に狂気を植え付け、人格を崩壊させるという事件を発端に、サイコセラピーの第一人者である千葉敦子と、彼女の夢のなかでの分身である奔放な少女・パプリカが、「夢探偵」として他者の精神の迷宮へとダイブしていく。
夢の分析については、ジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユングの研究がよく知られ、その内容が、この物語に大きな影響を与えている。フロイトは人間の心理における性的な衝動であり生命力や快楽を求めるエネルギー「リビドー」の発露として、性的なモチーフが夢のなかに隠されて存在しているのだと指摘した。ゆえに本作では、現実世界で隠している個々人の性的な欲望が夢によってさらけ出されることになる。
性的な要素が散在する世界にダイブして、夢の主の精神を救い出そうとするパプリカは、必然的にセクシャルな部分で相手と繋がることになる。だからこそパプリカの実体である千葉敦子は、パプリカという別人格に性的に奔放な特徴を付与しているのだろう。そしてそれは、同時に彼女自身の抑圧された願望の投影だともいえる。
この二つの人格の表現や、別人格がコントロールできなくなっていく感覚は、今監督の映画初監督作である『PERFECT BLUE』(1997年)の演出を感じさせるものだ。現実には存在しないと考えられていたパプリカが、千葉敦子の意識を飛び越えて侵食してくるような表現は、『PERFECT BLUE』のようなサイコホラーの一歩手前まで迫る。
ちなみにこの初監督作品は、ダーレン・アロノフスキー監督の『ブラック・スワン』(2010年)のさまざまな演出に引用されていることが指摘されている。アロノフスキー監督は、自身が今監督の作品のファンであることを公言し、オマージュであると認めている。この事実は、今監督のイマジネーションが国外のクリエイターに大きな影響を及ぼしていることを示すものだ。
劇場アニメーション版では、こういったセクシャルな要素はかなりソフトに描写されているが、それでも、冒頭の粉川刑事とのホテルでの夢へのダイブにおいて、密室での親密過ぎるコミュニケーションが示唆されているように、ここではフロイト的な思考として、夢とエロティックな精神の領域が不可分であることを表現していると考えられる。
そんな粉川刑事の精神は、事件を捜査するなかでその深層部分が明らかになってゆく。彼は青春時代に親友とともにある夢を追いかけていたのだが、それを中途で断念して異なる職業に就いたことに、後悔や罪悪感を抱いていたのだ。それが夢のなかに抽象的なかたちで現れることで、彼を落ち込ませている原因の特定に至る。夢の分析が精神治療へと繋がるという考え方が、ここで描かれているということになる。
夢の世界を描いた作品という共通項では、クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』(2010年)を思い出すが、この作品においても、本作『パプリカ』の演出にそっくりな部分がある。具体的には、夢のなかの境界が割れて落ちるガラスによって表現されているところや、不安定なホテルの廊下を登場人物が走るところなどである。ノーラン監督はアロノフスキー監督が語るような今監督からの影響については、明言していないようだが、その類似性は少なくとも水面下での影響を意識させるものである。
クリストファー・ノーランは、現代において最も影響力がある映画監督の一人であるが、その彼に影響を与えた、もしくはその表現を先取りしていたという点において、本作『パプリカ』の先進性が大きかったということが理解できる。今監督がいまも生きていて、『パプリカ』公開から現在までの20年の間に複数の新作を発表していたとしたら、どれだけの新たなイマジネーションを生み出し、多くの影響を世界のクリエイターに与えていたのかを考えざるを得ない。
最近、ファッションビルPARCOの冬のセール「PARCO GRAND BAZAR(パルコグランバザール)」のCMとして、本作『パプリカ』とのコラボレーションがなされた。夢の中の狂気のパレードが引用された演出は、「解釈違い」だとしてSNSで一部批判されたことが記憶に新しいが、内田裕也がスーツ姿でハドソン川を泳ぐ写真や、山口はるみの鮮烈なイラストレーション、ヴィンセント・ギャロ監督のシュールなシチュエーションの映像など、挑発的で謎めいた広告を展開してきたPARCOだけに、今回のコラボはむしろ、しっくりくる部分もある。