『ばけばけ』は朝ドラ史に残る“ご機嫌な恋”を描いている ふじきみつ彦脚本の“魔法”を分析

 第50話において、トキは、清光院が持つ「文明だ、西洋だと、今の時代から取り残された哀しさや切なさ」に心惹かれるのだと言う。その時、視聴者は彼女の本質を知るのである。家族を愛するあまり、銀二郎との「やり直せる場所」東京で暮らす未来に背をむけ、さらには母・タエ(北川景子)を救うためなら「ラシャメン(洋妾)」になっても構わないと覚悟を決めたトキ。そんな「超」がつく孝行娘の本質が、ここへ来て浮き彫りになる。 それは、親たちが介入することで生じる「家と個人の対立」や、錦織や学生たちが見据える「日本の未来」といった大きな話ではない。ただひたすらに、怪談という「過去」や「目には見えないもの」をこよなく愛し、「今の時代から取り残された」没落士族である松野家や雨清水家の人々を愛する、ひとりの人間であるということだ。だからこそ、異なる世界を生きてきたにも関わらず共通する価値観を持つヘブンと、同じ人間同士として、対等に惹かれあうのだろう。

 知事(佐野史郎)の娘である江藤リヨもまた、なんとも素敵なキャラクターである。好きな人・ヘブンを振り向かせるために努力を惜しまない、才色兼備のキラキラ女子。そんな彼女のド直球な恋が、どうやっても「シジミサン」ことトキに勝てないのは、育ての母である「出雲の大社の神官の娘」であるフミ(池脇千鶴)譲りの「怪談愛」と、生みの母である「士族であることの矜持を持ち続ける」タエが教え込んでいたために根付いていた「武家の娘としての教養」ゆえということも興味深い。時代に否定され、忘れ去られ、一時は物乞いにまでなったタエの「武家の誇り」も、フミと夜な夜な育んできた過酷過ぎる借金生活へのトキの「うらめしい思い」も、トキが見ているのかもしれない土地土地に眠る「目には見えないもの」たちの「寂しい」光景も、全部彼女の中にあって、そのすべてが「通りすがりのただの異人」ヘブンの人生と呼応し合っているという奇跡が、すなわち恋なのだと本作は言っているような気がする。その前に、第11週の副題は「ガンバレ、オジョウサマ。」である。「オジョウサマ」リヨの恋の顛末のその先もまた、見てみたいものである。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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