宮野真守×一郎彦はなぜ刺さる? 『バケモノの子』が描いた“承認されない者”の痛み

 『バケモノの子』(2015年)に登場するキャラクターを思い返すとき、熊徹と九太の師弟関係は何度観ても心に響く。だがもう一人、本作には忘れがたい魅力的なキャラクターがいる。完璧であるがゆえに等身大の苦悩から闇に飲まれていく一郎彦だ。文武両道で容姿端麗。しかも声優は宮野真守ときた。

 きっと筆者と同じく本作の一郎彦ファンは少なくないと思っているが、そうしたファン心理や思い入れを取っ払ってみても、2025年の今、改めて本作を見返すとき、一郎彦という存在が驚くほど“今っぽく”、現代的な共感を呼ぶキャラクターであることに気がつかされる。

 一郎彦は物語の終盤、自らの出自に苦しみ、闇に飲まれて暴走する。渋谷の路地裏で拾われた人間の捨て子でありながら、人間蔑視の風潮があるバケモノたちの街・渋天街でその事実を隠し続け、猪王山の「完璧な息子」を演じなければならなかった。一方で九太は、同じ人間でありながら出自を隠さず、熊徹の弟子として堂々と生きている。一郎彦の持つ闇は、決して理解不能なものではない。「完璧でなければ愛されない」という強迫観念、「本当の自分」を否定し続けなければ生きられなかった社会の圧力。そして、同じ境遇でありながら自分を偽らずに生きる者の存在。その痛みが心に深く響いた視聴者も少なくないだろう。

 興味深いのは、こうした「理解可能な闇」を持つキャラクターの造形が、2015年の時点で描かれていたことだ。その後の10年間で、こうしたキャラクター像は一段と複雑さを増し、アニメの主要テーマとなっていった。

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 最もわかりやすい例は『僕のヒーローアカデミア』だろう。2016年から放送されている本作は、物語が進むにつれヴィランたちの掘り下げを深めていき、特に2023年の第6期以降、死柄木弔を筆頭にヒーロー社会の陰で見捨てられた者としての姿を丁寧に描いた。他にも、現実に絶望した理想主義者の夏油傑や、弱さへの嫌悪と消えない過去のトラウマを抱えている『鬼滅の刃』の猗窩座。母の仇への復讐心を内に秘めながら芸能界を生きる『推しの子』のアクアなど、例に挙げた彼らはみな、視聴者から高い人気を誇っているキャラクターでもある。

 社会構造の歪み、システムの矛盾、あるいは承認の不在が生み出した存在として描かれる彼らの痛みに、読者や視聴者は共感を覚えるのだろう。2020年代の人気アニメ作品は、こうした、社会や他者に「承認されなかった者たち」の叫びを描き続けている。もちろん、ジブリ作品をはじめ劇場アニメーションにも複雑な人物造形の伝統はある。しかし一郎彦のように、主人公の対となる存在として「承認の不在」という現代的なテーマを正面から描いたキャラクターは、2015年時点のファミリー層も視聴するアニメ映画では先駆的だったと言えるだろう。

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