『ばけばけ』朝ドラらしからぬ秀逸な長回しショット トキの家族のための“嘘”が切ない

 厳しくなった借金の取り立て、生みの母と弟の窮状。どちらも解決するために、トキ(髙石あかり)が選べる道は一つしかなかった。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第7週初日の第31話では、トキがヘブン(トミー・バストウ)の女中になる。

 トキは錦織(吉沢亮)立ち会いのもと、ヘブンの面談を受けることに。ヘブンはいつものように「オハヨウゴザイマス」とトキに握手を求める。これはもう、合格確定か……と思いきや、本人は面談の趣旨を理解していなかった。そこで初めてトキが女中に名乗り出たことを聞かされ、乾いた笑いを浮かべながら「シジミサン、ノー!」と拒絶するヘブン。

 ヘブンが所望していた士族の娘なのになぜ? 断られた理由がまったくわからず、トキが呆然としていると腕と足を見せるように命じられる。トキはきっと、夜の相手として値踏みされているのだろうと思ったはず。しかし、その真意は本当に士族の娘かどうかを確かめるためだった。

 書物の中の日本しか知らないヘブンは、士族の娘=箸より重いものは持ったことがない華奢な女性。そう、まさにタエ(北川景子)のような女性をイメージしていたのだろう。だが、トキはまだうら若き頃から家の借金を返すために必死で働いてきた。機織りやしじみ売りで自然と鍛えられた四肢を、ヘブンはまじまじと見つめた挙句、「ウデ、フトイ。アシ、フトイ。シゾク、チガウ!」と勝手に評価を下す。

 ひどい、ひどすぎる。トキの肌を見ないように、まるで客がクレジットの暗証番号を入力するときの店員のごとくあからさまに目をそらす錦織のほうがよっぽど紳士だ。でも、それはヘブンがまだ日本をよく知らないだけ。そもそもヘブンから頼まれてもいないのに、端から夜の相手も織り込み済みで女中を探すのも失礼な話であって、思い込みや先入観にとらわれているのはお互い様なのである。すっかりヘソを曲げたヘブンだが、トキが敬愛するラストサムライ、勘右衛門(小日向文世)の孫だと知ると態度を一変。失礼を詫び、トキを女中として雇うことに合意する。

 前払いとしてサワ(円井わん)5人分の給金をヘブンから受け取ったトキは、その出所について嘘をつく必要があった。勘右衛門にとって異人は武士の時代を終わらせた諸悪の根源。ヘブンを見ると目の色を変えて斬りかかる勘右衛門に本当のことを言ったら、今度こそ目的を達してしまうかもしれない。フミ(池脇千鶴)と司之介(岡部たかし)はすでにヘブンと出会い、悪い人ではないと理解はしているが、人々の認識は異人の女中=洋妾。どんなに貧しくてもトキを遊女にだけはさせまいとしてきた彼らが、家族のためにトキが身を売ったと知ったら、さすがにもう笑えなくなるのではないだろうか。トキはこれまでと変わらぬ日常を守るため、ヘブン目当ての野次馬が増えて人手が足りない花田旅館が、女中として高い給金で雇ってくれることになったと作り話をする。

 そして、トキが給金の多くを持って向かったのは三之丞(板垣李光人)のもと。お金を渡し、「これで、おば様を助けごしなさい」と告げる。だが、松江でも随一の名家である雨清水家の人間が格下の松野家から施しを受けるなど、プライドが許さないことはトキもわかっていた。だから、トキはこれは亡き傳(堤真一)のお金だと嘘をつく。傳が自分亡きあと、残されたタエたちが路頭に迷うことを見越してトキに預けたと。トキの作り話がどれも妙にリアリティを持っているのは、幼い頃から怪談に親しんできたからかもしれない。本人もこんなところで作話の才能を発揮したくはなかっただろう。しかし、そのおかげで三之丞にお金を受け取ってもらうことができた。

 その後、河川敷を歩いて帰宅するトキの表情をクローズアップし、長回しで捉えるシーンが秀逸だった。ただの親戚ではない、血の繋がったタエと三之丞を救えた安堵感。でもそのために嘘をつき、心から胸を張れない哀しさ。給金を使ってしまったために、もう後には引けなくなった無念感。それらをすべて引っくるめ、これで良かったと言い聞かせるようにトキは力なく笑う。夕暮れどきの柔らかな光に包まれた髙石の表情が、一瞬のうちに駆け巡るトキの心情を物語っていた。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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