『ばけばけ』寛一郎の喜びと哀しみを同居させる瞳 結婚は“家”のためか“2人”のためか

 奇しくも東京で夫婦2人だけの時間を過ごすこととなったトキ(髙石あかり)と銀二郎(寛一郎)。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第18話は、東京と松江、家の最小単位である夫婦とそれを覆う家が対比される回となった。

 銀二郎の現在の住まいにやっと辿り着いたトキ。そこには、松江から上京してきた錦織友一(吉沢亮)、根岸(北野秀気)と若宮(田中亨)がいた。東京の街に染まった根岸と若宮は、輝く瞳で東京の素晴らしさと松江がいかに遅れているかをトキに話して聞かせる。2人に微塵も悪気はないようだが、トキにはしっくりこない。

 東京と松江の違いを聞いたあとに、トキが語る銀二郎との事情は松江の遅れを象徴しているようだった。家を保つために婿を取り、返済の目処がたたない借金のために朝から朝まで働かせる。いまだに髷を結っている祖父のしつけは厳しい。置いてきぼりになった小さな家のために、銀二郎は懸命に耐えてきた。トキも自分の家の異常さをどこかで認識しているのだろう。自嘲の笑みを浮かべるトキの表情からは、銀二郎への申し訳なさと家に対して持っているほんの少しの恥が感じられた。

 銀二郎の帰宅とともに、トキと銀二郎は数日ぶりの再会を果たす。思えば、松江ではトキと銀二郎はほとんど2人だけの時間を持つことがなかった。家の中だけでなく、松江という街にいる限り、銀二郎は松野家からの圧力を感じ続けていたのだろう。その証拠に、松野家から逃れるために、銀二郎はまず松江を出ることを目指したという。行き先も決めずに、とにかく松江を離れたい。銀二郎がどれだけ限界だったかがよくわかる言葉だ。銀二郎は無礼を詫びるようにトキに土下座をするが、松野家には戻らない決意は固いようだ。

 銀二郎がトキを見つめる瞳には、トキを愛おしく思いながらも、自分の意思をトキがどのように受け止めるのかを伺うような感情がにじんでいた。NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では、富本節の人気太夫として堂々とした振る舞いを見せていた寛一郎。『ばけばけ』では一転、ふとした視線に感情を込める繊細な芝居をみせている。トキから「銀二郎さんとまた一緒に暮らしたい」と言われたときには、トキの手を握り「2人じゃダメだろうか?」と頼りなくすがるような声色を響かせた。小さな家から大きな圧力をかけられ、弱々しくなった銀二郎を見ていると、家から逃れて2人で暮らしてほしいと願ってしまう。

 銀二郎の辛い感情は十二分に伝わってくるが、トキはどう思っているのか。トキを演じているとき、髙石の表情にはわかりやすい感情が見えてこない。家族や銀二郎の境遇を思いすぎて、自分自身の感情を押さえ込んでいるように感じられる。物事を動かしていくヒロインというよりは、誰かのために生きすぎているヒロインなのかもしれない。トキに強い意思がない分、銀二郎が持っている愛情の強さが際立つ切ない2人芝居となった。

 そんな2人のやりとりを知るよしもない松野家。銀二郎を心配するというよりは、跡取りがいなくなったことに焦りがある様子。勘右衛門(小日向文世)の「養子をもらうか」という言葉は、銀二郎の代わりはいくらでもいると考えている証拠だろうか。夫婦の幸せよりも、家を保つことを優先しているのがよくわかる。

 一方、トキと銀二郎がアサリの味噌汁を前にかわしたやりとりからは、互いしかいないという個人的な感情が見えた。松江で家のために夫婦をするのか、東京で互いを思いあう夫婦になるのか。場所が変わったことで生まれた選択肢を前に、トキはどのような判断を下すのだろう。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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