『ばけばけ』“銀二郎”寛一郎の出奔が切なすぎる　武士の呪縛から逃れトキは東京へ

　NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第16話では、トキ（髙石あかり）の夫・銀二郎（寛一郎）が出奔した。この結果に視聴者は驚きよりも、やっぱりと納得する気持ちが大きかったはず。それくらい思い返してみても“兆候”はたくさんあったような気がする。

　膨大な借金返済というプレッシャー、ただでさえ仕事で疲れているのに勘右衛門（小日向文世）から強いられる剣術の稽古、図らずも抱えてしまったトキが実は養子であるという重大な秘密。銀二郎の表情がどんどん曇っていくのを、トキは傳（堤真一）の看病につきっきりで気づかなかった。血縁上の父である傳を亡くしたトキが取り乱す相手に、選ばれなかったことも銀二郎は少なからずショックを受けたのではないだろうか。

　正直、ここまででもよくもったほうだと思うが、真面目すぎるくらい真面目な銀二郎は限界を超えて耐えた。機織り工場が閉鎖し、職を失ったトキが遊郭に売られないように、借金取りの森山（岩谷健司）から仕事をもらって昼夜問わず働いた。そんな中、連日稽古の時間になっても銀二郎が帰ってこないことを不思議に思った勘右衛門が司之介（岡部たかし）を問い詰める。銀二郎は勘右衛門にだけ内緒で、荷運びの仕事が終わった後、遊郭で客引きをしていたのだ。

　「我が家の格が下がる」と銀二郎を責める勘右衛門。これには、すでにふらつくほど心身ともに限界だった銀二郎も黙ってはいない。「格を気にしとる暇はありません！」「おじじ様もいっそ鎧や刀を売って金を作ってはいかがですか？」と真正面から訴えた。銀二郎が言っていることは正論だ。けれど、周りがどんどん髷を落としていっても、自分だけは武士であることにこだわり続けている勘右衛門がそう簡単に考えを変えるはずもなく、「お主が恥をさらして得た金など、松野家にいらん！」と銀二郎を突っぱねる。

　そう言うのが目に見えていたからこそ、司之介もフミ（池脇千鶴）も、そしてトキも勘右衛門には黙っていたのだろう。でも借金を返せないと自分たちも困るから、銀二郎が遊郭で働くことを甘んじて受け入れていた。それなのに、勘右衛門に責められている銀二郎を誰も庇おうとしない。銀二郎が置かれた状況は、ヘタな怪談よりも恐ろしいように感じる。

　だが、長年その家で育った人間は世間と自分たちがどれほどズレているかを認識しづらい。ましてやSNSもない時代なら、他の家庭と比べて自分の家が変わっていることに気づく機会も少なく、これが当たり前と思っても仕方がないのかもしれない。それに世間的に見たらおかしなところがある家族でも、トキにとっては大切な人たちなのだ。それをわかっていても、一縷の望みをかけて「どこか遠い町で暮らしませんか？」とトキに聞かずにはいられなかった銀二郎の思いを考えると胸が締め付けられる。

　東京で山ほどある仕事をしながら、知らない町の怪談を楽しむ二人きりの生活。そんな魅力的な話を前にしても、少しも高揚していないトキを見て、この人は何があっても家族を見捨てられないと銀二郎は察したのだろう。「忘れてください。こがな戯れ言」と寂しそうに告げた翌早朝、トキが起きるとすでに銀二郎の姿はなく、枕元に謝罪の手紙が残されていた。その瞬間、理解が追いつかずにパニックになりながらも、「ずっと一緒だと思って甘えちょった」と自分を省みるトキ。その早くなる呼吸や手が冷えていく感覚さえも伝わってくる、髙石あかりの真に迫る演技が圧巻だった。

　「親が子の足を引っ張ってはいかん」と生前言っていた傳も草葉の陰で頭を抱えているだろう。これに最も責任を感じたのが、勘右衛門だった。勘右衛門も決して悪い人ではなく、ただ困ったほどに鈍感で、銀二郎がそれほどまで追い詰められているとは思わなかったのだろう。勘右衛門は鎧や刀を売ったお金と銀二郎の父親から聞いた銀二郎の東京の住所をトキに渡して、「跡継ぎを連れ戻してまいれ」と言った。東京行きの資金を作るため、命よりも大事な武士たる証を手放したのは大きな成長。ただ、松野家に連れ戻されるのが銀二郎にとっての幸せかどうかは疑問が残るところだ。『あさイチ』（NHK総合）ではキャスターの博多大吉が「見つかるな！　銀二郎、逃げ切れ！　と思ってます」と本音を語っていたが、果たして。一方、トキは東京で吉沢亮が演じる錦織友一をはじめ、今後の人生を左右するさまざまな出会いを果たすことになる。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00～8:15放送／毎週月曜～金曜12:45～13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30～7:45放送／毎週土曜8:15～9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30～7:45放送／毎週土曜10:15～11:30再放送
出演：髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作：ふじきみつ彦
音楽：牛尾憲輔
主題歌：ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括：橋爪國臣
プロデューサー：田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出：村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供＝NHK