ペ・ドゥナは永遠に瑞々しさを失わない 『リンダ リンダ リンダ』が伝説的作品となった理由
ブルーハーツの「リンダリンダ」は、意味や理屈を超えた “生の叫び”だ。自分の中に渦巻くどうしようもないエネルギーを相手に叩きつけ、何の装飾もないストレートな愛の叫びを投げつける。愛を得られない者、社会に馴染めないアウトサイダー=“異邦人”の視点で歌われる、青春アンセム。だからこそ、ペ・ドゥナがこのロック・ナンバーを熱唱することには大きな意味と価値がある。
ソンさんは日本語の歌詞を十分に理解していない。それでも彼女はブルーハーツの音楽に心を動かされ、涙を流す。彼女は意味としてではなく、純粋な衝動として歌い上げるのだ。そしてアウトサイダー目線のリリックと、外部者としての彼女の声が重なることで、「リンダリンダ」はより強いリアリティを帯びることになる。
同時に、日本人が歌えば同世代的ノスタルジーや青春の象徴に収まってしまうところを、彼女が歌うことによって、日本だけで閉じられた記号から、誰にでも共有可能なロックナンバーへと拡張される。ペ・ドゥナ自身、韓国映画、日本映画、アメリカ映画に出演し、ひとつの世界に留まらず“異邦人”的な活躍をする国際俳優だが、そんな彼女に引っ張られるようにして、甲本ヒロト作詞・作曲によるこの歌もまた、ユニバーサルなものとなった。
『スウィングガールズ』(2004年)にせよ、『ちはやふる』シリーズにせよ、青春映画といえば熱い友情、ときめくような恋愛、一発逆転のサクセスストーリーが中心に据えられることが多い。しかしこの映画に、そんな熱血神話は皆無だ。文化祭でのパフォーマンスは、あくまで日常の一部として消費されていく。劇中の「やって意味なんかあるのかな?」「意味なんてないよ」という会話は、それを最も端的に表したセリフだろう。演奏は彼女たちの人生を変えるわけではないが、その変わらなさこそが青春の濃度を照射し、そこにこそ本作の独自性が宿っている。
だからこそ山下敦弘監督は、徹底して熱狂を拒む演出を選択する。本番の演奏シーンで観客の興奮を前景化することはなく、むしろロングショットや真横の構図によって一定の距離を置く。観客を物語の内部に没入させるのではなく、外部から客観的に観察させる。ペ・ドゥナの異邦人性はその核心を担い、作品をチャーミングでユニバーサルなものに押し上げているのだ。
ペ・ドゥナという俳優をスクリーンで観るにつけ、いつも思う。まるで地球に初めて舞い降りてきた宇宙人のように、好奇心に満ちた眼差しで世界をいつも見つめている、と。その想いは、『リンダ リンダ リンダ』の公開から20年以上経った今でも変わらない。『私の少女』(2014年)や『ベイビー・ブローカー』(2022年)といった作品では、“異邦人”としての佇まいをキープしつつ、ほかの“異邦人”を観察するという立ち位置へと少しづつ変化している。これから50代になろうと、60代になろうと、70代になろうと、ペ・ドゥナはきっと永遠にその瑞々しさを失わないことだろう。
■公開情報
『リンダ リンダ リンダ 4K』
新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほかにて公開中
出演:ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織(Base Ball Bear)、三村恭代、湯川潮音、山崎優子(meism)、甲本雅裕、松山ケンイチ、小林且弥、小出恵介、三浦誠巳、りりィ、藤井かほり、近藤公園、ピエール瀧、山本浩司、山本剛史
監督:山下敦弘
主題歌:「終わらない歌」(ザ・ブルーハーツ)
脚本:向井康介、宮下和雅子、山下敦弘
音楽:James Iha
製作:「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
配給:ビターズ・エンド
2005/日本/114分/カラー
©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
公式サイト:www.bitters.co.jp/linda4k/
公式X(旧Twitter):@linda_4k
公式Instagram:@lindalindalinda4k