『あんぱん』でもついに誕生秘話へ 『アンパンマン』はなぜ愛され続けているのか
絵本作家のやなせたかしと妻の暢が共に過ごしてきた日々をモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』が、タイトルにもなった人気キャラクター「アンパンマン」の誕生というビッグトピックに向けて進み始めた。
絵本として子どもたちによって愛され続け、TVアニメ『それいけ!アンパンマン』も36年にわたって放送され続けている作品であり、このキャラクターはどうのように生まれたのか。そしてどうしてこれほどまでに愛され続けているのか。そこには、やなせの妥協せず媚びない創作へのまっすぐな思いがあった。
心に響く主題歌とともに子供たちを魅了し続けるTVアニメ『それいけ!アンパンマン』は、実はすんなりと誕生したものではなかった。ノンフィクション作家の梯久美子が書いた『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文春文庫)によれば、「一九八〇年代、アンパンマンをテレビアニメ化したいという話がくるようになった。担当者はみな熱心だったが、テレビ局の上層部からOKが出ず、なかなか実現しなかった」という。
それでも、あきらめないでアニメ化を会社に働きかけ続けたのが、のプロデューサー・武井英彦だった。何度ボツにされても企画を提案し続けるその姿勢に、「やなせはあるとき『きみはどうしてそんなに熱心なの?』と武井に聞いてみた。すると彼は言った。『息子の通っている幼稚園で、手垢まみれのアンパンマンの絵本を見たんです」(『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』)。
幼児たちの圧倒的な支持。武井プロデューサーはそこにアニメ化する意味があると信じて突き進んだが、実現までにはまだまだ越えなくてはならない壁があった。柳瀬博一『アンパンマンと日本人』(新潮選書)に「アニメ化にあたっては内容に難色を示す向きもあったようです」と書かれているように、困った人に顔を食べさせると顔が欠けてしまう主人公や、ばいきんまんという不潔さを思わせる敵キャラへの異論が出た。
ここでやなせが妥協していたら、『それいけ!アンパンマン』はこれほどまでの人気アニメになったのだろうか。そもそもそうしたアンパンマンなりばいきんまんが登場する『アンパンマン』という絵本シリーズが、子供たちに手垢で汚れてボロボロになるまで読み込まれたのだろうか。そうではないと確信していたからこそ、やなせは『アンパンマン』の絵本や漫画を描き続け、TVアニメでもそのままの内容を押し通させた。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そのためにかならず自分も深く傷つくものです」
やなせの自伝『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)の中で、絵本『あんぱんまん』の後書きから引いた自身の言葉はこう続く。
「そういう捨身、献身の心なくしては正義は行えません」
だから絵本のアンパンマンは「やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、恥ずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです」。
自分の顔を食べさせることに意味がある。それを行わないアンパンマンなどアンパンマンではない。そんな信念を貫き描いた絵本が、どうして子供たちに支持されたのか。「それは、今でもぼくにはよく解らない」と『アンパンマンの遺書』でやなせは言っている。
「赤ちゃんはなぜアンパンマンをいきなり好きになるのだろう?この答えはいまだに分からない」と、亡くなる8カ月前の2013年2月にも『アンパンマンの遺書』の後書きに書いているほど、生涯の最後まで不思議に思っていたのは面白い。