高齢者たちが未解決事件の調査に乗り出す 『木曜殺人クラブ』はなぜ支持されたのか?
本作の最大の見どころは、そんな高齢者たちが、警察の捜査を上回り、いち早く真実へと近づいていくというところだ。各分野のスペシャリストであるだけに、その頭脳はしばしば現役世代を凌駕し、人生経験では圧倒的なアドバンテージを持つ。ここで生まれるカタルシスは、アガサ・クリスティーの『ミス・マープル』シリーズや、『探偵エルキュール・ポアロ』シリーズの終盤などにも存在し、アメリカのTVドラマ『ジェシカおばさんの事件簿』だったり、「主婦探偵」ものなどに受け継がれていった。日本の「2時間ドラマ」と呼ばれるサスペンスや、子どもの姿の主人公が活躍する漫画『名探偵コナン』も、このような系譜にあるといえよう。
『木曜殺人クラブ』が支持されたのは、そういったカタルシスに加え、複数の元専門家が才能やスキルを発動させる部分にあるといえる。未解決犯罪と闘う、高齢者版「アベンジャーズ」とでもいうような枠組みが、読み手をワクワクさせるのである。そして、施設を訪れた若い女性の警官ドナ(ナオミ・アッキー)が「いいところですね。年を取るのが楽しみになる」と言うように、リタイア後の生活こそが魅力的だという価値観すら押し出される。
日本ほどではないが、イギリスもまた高齢化社会のただなかにある。高齢者が社会的な役割を持ち楽しく生活できるという、一種の楽観が作品を包み込んでいるということが、この題材が大いに受け入れられた理由だと考えられるのだ。このように、高齢者が楽しめる内容を配信タイトルとして、家でくつろぐ高齢者に提供するのが、Netflixの目論みだといえよう。日本でも最近、『教皇選挙』(2024年)や『国宝』(2025年)といった映画が、高い世代の支持を受けたのも、そういった需要の表れだといえる。
本作『木曜殺人クラブ』は、小説の内容通り、分かりやすいプロット、各キャラクターの活躍、高齢者ならではの悩みという要素がキーとなり、妥当な結末へと進んでいく。とくに大きな衝撃は用意されていないものの、それだけに安心して楽しめる内容となっている。明快な作風のクリス・コロンバス監督が本作を手がけたのも、この分かりやすい価値観にあることが理解できる。元・労組リーダーのロンによる、施設の存亡をかけた高齢者たちのデモ活動が描かれたり、多言語を駆使したエリザベスの諜報活動が謎を解き明かしていくシーンなど、比較的エキサイティングな場面も、過不足なく映像化されているといえる。
その一方で、現代の社会や娯楽映画の潮流を考えたときに、やや悠長過ぎると思える描写もある。例えば、「年を取るのが楽しみになる」と入居者たちに述べるドナであるが、有色人種の警官である彼女は、おそらくこのような特権的な高齢者施設に入居できるのかといえば、現実的には難しいのではないだろうか。
また、エリザベスとジョイスが、洗練された服を着替え、貧しい高齢者の姿に扮装して捜査をする描写は、特権階級が貧困者を模倣する遊びのように見えて、かなり趣味が悪いと言わざるを得ない。こういった階級的な社会の描き方は、イギリスのミステリーの伝統であるとはいえ、現在の目ではやや違和感をおぼえる部分だ。そういう意味では、アメリカ映画『ナイブズ・アウト』シリーズの、貧富の問題に果敢に挑む先進性が再確認できるところだ。
だから、都市部などで低所得者が住みにくくなっているような社会問題があるなかで、主人公たちの住む特権的な施設であるクーパーズ・チェイスの存亡がどうなるかといった問題が、切実なものとして受け取りづらい観客もいるのではないか。多くの観客にとって、そんな施設での暮らしは、あくまで『ハリー・ポッター』の「ホグワーツ」での魔法に囲まれた日常のようなファンタジーでしかない。
つまり、そんな理想的な施設で、ゆったりと肘掛け椅子に座りながら、ああでもない、こうでもないと議論しながら、謎の真相について話し合うような「コージー・ミステリー」を楽しむ優雅な日常を、本作は豊かなファンタジーとして提供したということである。その意味において、本作『木曜殺人クラブ』は、この時代のなかで存在意義を発揮するのである。
■配信情報
『木曜殺人クラブ』
Netflixにて配信中
出演:ヘレン・ミレン、ピアース・ブロスナン、ベン・キングズレー、セリア・イムリー、ナオミ・アッキー
監督:クリス・コロンバス
Giles Keyte/Netflix © 2024 Netflix, Inc.