『バレリーナ』アナ・デ・アルマスが『ジョン・ウィック』シリーズに吹き込んだ新たな風

 キアヌ・リーブスが伝説の殺し屋を演じ、大ヒットを続けてきた『ジョン・ウィック』シリーズ。そのハードなバイオレンスと、さまざまな殺し屋が暗躍する世界観への根強い人気に応え、スピンオフドラマシリーズ『ザ・コンチネンタル:ジョン・ウィックの世界から』も製作された。そんな拡張を続ける『ジョン・ウィック』に、新たな風を吹き込む映画作品が、『バレリーナ:The World of John Wick』だ。

 これが、通常のスピンオフ作品に収まらないのは、人気絶頂にあるアナ・デ・アルマスが主演を務めているという点。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)でも、印象的なアクションと、全くジェームズ・ボンドに恋愛感情を示さないという画期的な「ボンドガール」像を体現した彼女が、ついに主役として、数々のアクションシーンでの活躍を見せるのである。また、ジョン・ウィックの登場と活躍も、ファンにとっては嬉しいところだ。

 ここでは、そんな『バレリーナ』の内容を振り返り、際立った点を確認していきながら、そこで何が描かれたのか、そして主演のアナ・デ・アルマスの、俳優としての現在の姿を考察していきたい。

※本記事では、『バレリーナ:The World of John Wick』のストーリー展開を一部明かしています

 アルマスが演じるのは、少女時代にバレリーナを夢見ながら、過酷な運命を経て殺し屋となった、イヴ。父親を殺した暗殺者たちへの復讐の感情を胸に秘めながら、犯罪組織「ルスカ・ロマ」に預けられた彼女は、訓練を経て殺しのスペシャリストへと成長していく。そんな日々のなかでイヴが、組織に身を寄せることになったジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)と顔を合わせる瞬間もある。

 イヴはやがて「ルスカ・ロマ」からの指令によって、各地で危険な任務を次々に遂行していく。その特徴的な戦い方が、本作ならではの大きな見どころとなる。ルーキーとして臨んだ初任務だけでなく、敵対する者たちに、彼女はしばしば先手を取られ、何度も打撃を受けてしまうのだ。疲労困憊、傷だらけになりながら、何とか活路を見つけて勝利を目指す。

 その強さは、柔軟性や素早い身のこなしを身上としつつも、パワーにおいては男性の殺し屋に劣ってしまうという事実を前提として認める姿勢からきている。その上でリスクや痛みを覚悟し、“チート”をも駆使しつつ、最終的に致命傷を与えるのである。“肉を切らせて骨を断つ”という、強い決意が下敷きにあるのだ。それは、シリーズのはじめから“伝説”として登場したジョン・ウィックの戦いとも、本作のタイトルから予想される、舞踊のような華麗さとも異なる、泥臭いものだ。しかしそれが、『ジョン・ウィック』シリーズとして新鮮な印象を与えるのである。

 だが、それでもイヴの心にはバレリーナへの憧れが燻っている。そんな自身の夢を犠牲にしながら、体術を駆使してボロボロになりながら戦闘をする精神性こそが、孤独に踊るバレリーナのように見えてくるというのが、本作のタイトルの意味するところだろう。それが、アクションにおいてリアリティを重視してきたシリーズ作品としてのバランス感覚が選び取った、アクション表現だといえよう。

 イヴが殺し屋の世界の“バレリーナ”だとすれば、都市の路地や廃墟、古城の一室など、ブダペストやプラハでの多彩なロケーション、セットの数々は、彼女の戦いを際立たせる、一種のステージであるといえる。なかでもオーストリアのトラウン湖畔の歴史ある町ハルシュタットは、町全体が殺しの舞台として機能する。古い建物が並ぶ風光明媚な場所で、おびただしい数の銃弾が飛び交い、殺戮がおこなわれる趣向が楽しい。

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