『べらぼう』生田斗真の“怪物”姿に身震い 歌麿と松平定信にやってきたその“時”
人生には、動き出すべき「時が来た」と確信する瞬間がある。第30回では、歌麿だけでなく松平定信(井上祐貴)にも、その「時」が訪れたと描かれる。かつて、意にそぐわない形で養子に出され、将軍になる可能性を閉ざされた定信。いつでもチャンスさえあれば表舞台で返り咲こうと考えていた彼のもとに、一橋治済(生田斗真)から「幕政に携わらないか」との便りが来たのだ。
この便りに目を通すなり、「ついに」と感じたかもしれない。だが、私たちはその確信さえも、治済の手のひらで転がされているだけのことだと知っている。そもそも定信は、養子の件を意次(渡辺謙)による企みだと思い込んでいるが、その裏側に治済の存在があったことに気づいていない。
意次を恨むよう仕向けられ、思惑どおりに憎しみを大きくしていった定信。幕政に携わるようになってからは、ことあるごとに意次のアイデアにケチを付けて追い詰めていく。やりにくさを感じながらも亡き息子・意知(宮沢氷魚)の無念を晴らすべく幕府の財政立て直しに奔走する意次。
その真意を知らない多くの人が田沼政治を批判しても、将軍・家治(眞島秀和)だけが「正直者だ」と寄り添う。しかし、その家治を映す画面の暗さが際立つ。長引く雨で陽が差さないからなのか、それとも家治が意次を照らす光が弱くなっているということなのか。しかも、その背後には不吉な雷鳴が轟く。
そんな不穏な空気を、むしろ楽しんでいるように見える治済。雨に打たれながら舞い踊るその姿は実に不気味だ。これまで傀儡師のように裏で糸を引きながら、将軍の世継ぎ問題も、勢力争いも思いのままに動かしてきた。それこそ、表に出ないからこそ「心のままに、わがままに描いた」筋書き通りに物事が進むのが楽しくて仕方ないと言った様子で。
そして次の瞬間、笑みを浮かべながら天に手を掲げて言うのだ。「時が来た」と。まるで、この手にすべてが入ってくると確信しているかのような興奮ぶり。その表情こそ、治済の中に渦巻いている妖が憑依したかのよう。だが、その真の“怪物”姿が見えるのは、彼によって大切なものを奪われた者たちだけ。その恐ろしさに、思わず身震いする夜だった。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK