夏に観たい、“ホラーより怖い”作品 『タコピーの原罪』『MOTHER マザー』など“毒親もの”4選
決して逃れられない蟻地獄 『あんのこと』
2024年公開の映画『あんのこと』は、『SR サイタマノラッパー』シリーズの入江悠監督が日本で実際に起きた事件をモチーフに撮った作品。現在ブレイク中の俳優・河合優実が主演を務め、希望のない人生から抜け出そうとする主人公・杏を演じている。
杏は幼い頃から母親から虐待を受けていた上、売春を強いられた結果、薬物依存症になってしまったという絶望的な境遇にある。そんな彼女に手を差し伸べたのが、刑事の多々羅(佐藤二朗)とジャーナリストの桐野(稲垣吾郎)だった。2人は杏が薬物を克服するための手助けを行い、就職先を斡旋することで、安心して生きられる居場所を与えようとする。
ところが母親は杏をそう簡単には解放せず、就職先の介護施設に怒鳴り込んできて自分のもとに呼び戻そうとする。そのときは何とか追い払うことができたものの、やがてさらに巧妙な手口を仕掛けてくる。
母親は杏のことをまるで自分の所有物であるかのように捉えており、愛情というよりは金目当てで杏に執着している。その様子はほとんど“寄生”に近く、杏のことを逆に「ママ」と呼んでいるところもグロテスクだ。
どこまで逃げようとも親子の絆を断ち切ることができず、穴の底に飲み込まれていく……という意味で、蟻地獄のような恐ろしさがある母子関係と言える。
閉鎖空間としての家庭を描いた『籠の中の乙女』
最後に異色作ではあるが、2012年に公開されたギリシャ映画『籠の中の乙女』も取り上げたい。同作は『哀れなるものたち』や『聖なる鹿殺し』で知られるヨルゴス・ランティモス監督による初期の名作で、2025年1月より4Kレストア版が上映された。
作品のテーマは“支配と服従”で、一見幸福そうに見えるとある家庭を舞台として不条理な物語が展開していく。父と母、3人の子どもという家族構成なのだが、家の周りは塀で囲われており、子どもたちは決して外の世界に触れないように育てられている。
家庭のなかは現実社会とはまったく違うルールで動いており、子どもたちは独自の言語を教育されている。「海」は革貼りの椅子、「高速道路」は強風、「遠足」は建築素材を意味する……といった具合だ。さらに塀の外には獰猛な“ネコ”という生き物がいて、恐怖に満ちた世界が広がっていると教えられている。しかし子どもたちは成長するに伴い、家の外に広がる世界への関心を抱くようになり、家庭という密室空間にほころびが生じ始めるのだった。
親による絶対的な支配の恐ろしさとおかしさが象徴的に描き出されている同作。鑑賞後には、深い余韻を味わえるはずだ。
毒親テーマの映画には、いずれも人間の本質に迫るような恐怖が含まれている。この夏はホラーの代わりに、もっと恐ろしい何かを体験してみてはいかがだろうか。