『キャスター』『侍タイムスリッパー』 山口馬木也が体現し続ける俳優としての“誠実さ”

 俳優の演技に心を動かされることはあるけれど、その人の“人柄”までがにじみ出るような芝居に出会えることは、実はそう多くない。山口馬木也の演技を観ていると、ふとそんなことを思ってしまう。

 25年以上にわたり堅実なキャリアを積み重ねてきた実力派が、あらためて脚光を浴びることになったきっかけは、2024年に公開された自主制作映画『侍タイムスリッパー』だった。当初は池袋シネマ・ロサのみでの上映であったが、口コミで広がり、瞬く間に全国各地へと波及。SNSを中心に熱狂的な支持を受け、第48回日本アカデミー賞優秀主演男優賞や第37回日刊スポーツ映画大賞など数々の賞に輝いた。

『侍タイムスリッパー』©2024未来映画社

 だが、この成功は決して偶然ではない。長年の経験、そして与えられた役に真摯に向き合い続けてきた姿勢が、インディペンデント映画という場で結実した瞬間だったのだ。

 山口が演じたのは、幕末から現代へとタイムスリップしてしまった会津藩士・高坂新左衛門という役。テレビドラマに涙し、白飯やショートケーキに無邪気に感動する——そんな現代社会に戸惑う彼の姿は、“かわいすぎる侍”として観客の心をつかんだ。しかし、それだけでは語りきれない奥行きがこのキャラクターにはあった。

『侍タイムスリッパー』©2024未来映画社

 新左衛門は誇りも高く謙虚で、不器用かつ朴訥にして努力家という、現代には少し珍しくなった価値観を体現する存在だった。どこまでも誠実で、誰に対しても感謝の気持ちを忘れない。そんな人物像を、山口は一つひとつの所作や語り口の中で丁寧に浮かび上がらせていた。現代的なコミカルさと時代を背負った男の重み、その両方を矛盾なく成立させられるのは、山口という俳優のもつ絶妙なバランス感覚によるものだろう。無理に笑いを取りにいくのではなく、役の内側からにじみ出るような“温かさ”が、この作品を特別なものにしていた。

 山口の演技を語るときに、しばしば使われる言葉がある。それは「役を演じるのではなく、役を生きる」ということ。特筆すべきは、山口がもつ身体性の豊かさだ。多くの時代劇に出演してきた彼の所作には、無理のない流れと、長年の積み重ねに裏打ちされたリアリティがある。殺陣の構え、礼の仕方、言葉の間合い……どれもが自然で美しい。その自然さこそが、現代という異質な空間に佇む“侍”をリアルに感じさせる要因になっていた。

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