小芝風花の笑顔と涙が忘れられない 『べらぼう』瀬川が選んだ“愛と夢”のための別れ
でも、赤本を手放せないままでいる瀬川に、それは難しかった。断ち切れない蔦重への想いとともに心臓を差し出す瀬川を見て、もしかしたら鳥山は自分自身を見たのかもしれない。瀬川が望むものなら何でも叶えよう。そう思う気持ちは、瀬川が蔦重のためならどんな客でも取ろうと心を決めたのと近かったのかもしれない。
鳥山と瀬川の身請け話が注目を集めたのは、当道座と吉原が抱える闇が多くの人の痛みとリンクしていたから。武家から取り立てられる年貢が払えずに、吉原に売られてきた瀬川。そして、今や当道座の力が巨大化し、武家の娘が吉原に売られる話が珍しくなくなってしまった。金が金を生む裏側で、恨みが恨みを呼ぶ。いつだって、そのしわ寄せは弱き者たちが受けることを瀬川は知っている。
「巡る因果は恨みじゃなくて恩がいいよ。恩が恩を呼んでいく。そんなめでたい話がいい」と、蔦重の胸の中で物語を思い描く瀬川の言葉に胸が詰まった。きっと恨みの連鎖が続く限り、吉原に集まる女性たちが幸せにしたいという蔦重の夢は叶わない。ましてや、その隣に多くの人の傷を疼かせる自分がいては、ますます夢は遠のいてしまう。しかし、恨みを断ち切るのは難しい。自分にできるのは、「こうなってよかった」と思われるような行動をとること。それは鳥山が瀬川にしてくれたように、「誰よりも愛しているからこそ身を引く」という決断だった。
相手の幸せを願って、恋を手放す。もちろん今は苦しくて仕方ないけれど、その先に相手が幸せになる夢物語が広がっている。そのなかで立役者という登場人物になれるのならば、それはそれで悪くない。相手を、そして自分を解放するという愛がある。そんなふうに思えることが、赤本からの卒業=大人になっていくということなのかもしれない。
振り返ればこれまでも瀬川に助けてもらってばかりだった蔦重。瀬川への恩返しは、恩が恩を呼び、恨みの連鎖が断ち切れる、そんな場所へと吉原を変えていくこと。またしても瀬川に成長させてもらった蔦重が、これからどんな飛躍を遂げるのだろうか。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK