本広克行×谷口悟朗が語り合う実写とアニメの演出論 『踊る』と『プラネテス』の深い縁も
『踊る大捜査線』(以下、『踊る』)プロジェクト12年ぶりの最新作となった本広克行監督の劇場映画2部作『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』は、警察を辞めて故郷の秋田で里親として子どもたちと暮らしている室井慎次(柳葉敏郎)の晩年を描いた物語だ。
後編となる『室井慎次 生き続ける者』のエンドロールには「捜索無線UNIT」という聞きなれないパートがあり「演出」として『コードギアス』シリーズや『ONE PIECE FILM RED』を手掛けたアニメ監督の谷口悟朗の名前がクレジットされている。
物語の終盤の警察や消防隊が無線で会話する場面の音響演出を担当した谷口監督。本広監督はどのような狙いでオファーをしたのか? 音響演出の裏話を入り口に、実写とアニメの監督という双方の立場から『踊る』シリーズと『室井慎次』の魅力について語ってもらった。(成馬零一)
谷口悟朗監督が『室井慎次』に参加した理由
ーー本広監督が捜索無線UNITの演出を谷口監督にオファーした理由について教えてください。
本広克行(以下、本広):谷口さんが担当した無線のシーンは、ラストを飾る重要な場面なんですが、声だけで表現するのがすごく難しくて。
谷口悟朗(以下、谷口):普通はオンの情報、役者さんが顔とか声とか体とか全部使って演じているものを観る側が解釈してくれるけど、声だけだとオフ、一部でしかないので難しいですよね。
本広:やりすぎてもダメだし、やらなすぎてもダメだし。「全然泣けませんでした」って言われるのが一番悔しいじゃないですか。それで、もっと上手い人がやった方がいいと思って。僕はアニメもやっていたので、音響監督さんに頼んだ方がいいかなぁと思ってプロデューサーの梶本(圭)に相談したんです。梶本は『ONE PIECE FILM RED』(以下、『FILM RED』)をやっていたので、谷口さんに相談してもらいました。
梶本圭プロデューサー:現場で『FILM RED』の海軍が無線を使うシーンを見せたら、こういうふうにしたいんだと監督がおっしゃったので、谷口監督に連絡しました。
谷口:当時使った台本や収録方法をお伝えしておしまいかなと思ったら、しばらくして不穏なLINEが送られてきて(笑)。最初にスタッフ間で録ったものを聞かせてもらったんですよ。
本広:僕がやると、どうしても音が平べったくなるんですよね。
谷口:それが目的かと思ったら音声をクリアにされたいということでした。だったら洋画の吹き替えとかもやっている声優さんを呼んだ方がいいということになり、今の形になりました。
ーー台本も書かれたそうですが、具体的にはどういう作業を行ったのですか?
谷口:ベースとなる台本のデータは初めにもらったのですが、その台本の通りにやるには、ミックスするための(音の)素材が足りないだろうなと思ったんです。実際に、ミックスしたら半分以上は落とされることはわかっていたのですが、それでも映像の編集と同じで、素材はいっぱいあった方がいいだろうっていうのがあったので、素材を増やすために台本を追加で書きました。これは警察署の何班何班、これは消防署の何班何班、と班分けをした上で、台本という形にして、私の方で整理し直したものを本広監督にチェックしていただいてから、収録させてもらったという流れです。
本広:音声だけなのにドラマがちゃんとあるんですよ。どういう佇まいにいるかということが無線の音でわかって、最後に犬の鳴き声になる。「すっげぇ、うまいなぁ」と思いました。しかも立体的で。本当に見事でした。
ーー本広監督としては、部分演出を谷口監督にお願いしたという感じなんですか?
本広:そうですね。それで丸ごとお願いしたのですが、僕とは全然違うんだなと思いました。
谷口:でも、アニメ作品の時にアフレコ経験はあったんじゃないですか?
本広:やってはいるんですけど、基本的に音響監督が立つんですよ。音響監督に「もうちょい、強めに」とか「弱めに」とか「音楽こうなりますんで」と言って、やってもらう。
谷口:アニメはその辺がちょっと特殊ですよね。役者さんのスケジュールがシビアなので、時間制限の中でこちらがやりたいことに近づけるためには、通訳となる音響監督さんがいた方が早い時があるんです。私は第三者の目線が欲しい時に音響監督さんに立ってもらっています。相談相手ですね。現場によっては音響監督さんが、かなり音響の部分をリードしてしまう時もあるので、そっちの方にあまり興味がない監督さんからすると助かることも多いみたいですけど。
『踊る大捜査線』と『プラネテス』に共通点?
ーー二人は今村昌平監督が設立した横浜放送映画専門学校(現・日本映画大学)の先輩と後輩だったそうですが、在学当時に面識は?
本広:いや、全くなかったです。お会いした時は学生時代のことを30分くらい話こんじゃって(笑)。谷口監督とは過去も似てるし未来も似てる。お互い、今はWeb3でいろんなものを作っているし、そこが面白いですよね。全くメディアは違いますけど、似たようなことをやってるんだなって。
ーー二人はお互いのお仕事については、どう思っていましたか?
本広:『FILM RED』は何回も観に行きました。
谷口:不思議な縁だなと。NHKで『プラネテス』を制作すると決まったとき、作業に入る前に当時のプロデューサーから、「観てくれないか」と渡されたのが『踊る大捜査線』のテレビスペシャルも収録されていたDVD-BOXで。『プラネテス』は宇宙飛行士のお話なんですが、「宇宙飛行士も会社に所属していて組織論の中で生きている姿を、『踊る』のような形で捉えられないだろうか」と言われたんです。当時やっぱり面白いなと思っていたのですが、まさかその後、何十年かしてこのような形で『踊る』シリーズに関わるとは思いませんでした。
本広:僕も『プラネテス』のBlu-ray、持ってますよ。若い編集助手の男の子に「監督、これ観ました? めちゃくちゃ面白いですよ」って言われて。多分、組織の扱い方が似てると思ったんでしょうね。だから同じようなところに行ってたんだな。
ーー本広監督は『踊る』の演出を通して、テレビドラマの中に『機動警察パトレイバー』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったアニメのテイストを持ち込んだ方だったと思うのですが、アニメ監督の立場から観て、谷口監督には『踊る』はどう映っていましたか?
谷口:『踊る』が始まったのが1997年でしたよね。ちょうどその頃は私が監督として初めて『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』を撮るあたりなんですけど、同じ時期にSPドラマや劇場映画を観て、一つの参考にしました。一般のお客さんがどういうふうにドラマを観て、どういう切り口なら入りやすいのかという一つの成功例として捉えやすかったんですよね。表現のいくつかのまとめ方や見せ方が、正にある部分はアニメ的であり、ある部分は漫画的でもあったので、じゃあ、多分この表現なら共通しているから自分の作品で使ってもいいんだなと再確認する材料にしました。おそらく『踊る』は、実写の中にアニメ的な表現がはいってきた最初の時期の作品で、その後、実写も自由度が増してきた。対してアニメはいい意味で地に足がついてきて、結果的に接近してきちゃったんですよね。
本広:僕、何を作ってもアニメと似ているって言われるんですよね。最初に撮った映画『7月7日、晴れ』も『マクロス』に似てるって言われましたし。アニメを取り込んでいるとよく言われるのは、たぶんキャラクターを記号化してるからなんですね。室井も青島もスリーアミーゴスも、たぶん記号なんですよ。だから絵に描きやすいんだと思うんです。僕が作るものは全部そうよ。0・1で作っちゃうので、「アニメっぽい」と言われるのかもしれない。
谷口:それは、本広監督が生まれ育っていく過程で観てきた漫画やアニメの影響で、結果的にそういう表現になったんだと思うんですよね。
本広:多分、実写よりもアニメの方を観ていました。
谷口:本広監督の良いところは、映画に対する感覚が自由なところだと思うんですよ。それが『踊る』シリーズを続けてこられた理由の一つなんじゃないでしょうかのかな。私は「映画とは?」と言い過ぎると、将来を閉じることになるからあまりよくないと思ってるんですよね。映画は今現在において、まだ縦横のアスペクト比すら決まっていないし、スピーカーの数だって決まっていないメディアであって、時代によって変遷していっているものだから。それは『踊る』もそうで、最初からスタイルがガチガチに固まっていたら、それ以上の発展がなかった可能性もあると思うんですよね。
本広:子供の頃から観てきたものを自分なりに解釈して、君塚(良一)さんの脚本をこういうふうに作ってみようと考えて出したものが、たまたま『パトレイバー』に似てたんですよね。それをみんなが面白いと言ってくれて、押井守さんにも庵野秀明さんにもいろいろ言ってもらえて嬉しかった。でも、山田洋次監督にも言われるんですよ、「あれ、パクっただろ」みたいな(笑)。『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』にメロン騒動っていうのがあるんですけど、あれが僕の『踊る』の原点なんです。実は寅さんなんですよ。
谷口:すごく分かります(笑)。お店の中のお客さんの動かし方や、奥の通行人の動かし方は今見ても惚れ惚れして、本当に面白いですよ。何より渥美清さんの存在感が凄くて。
本広:すごいですよね。たぶん、ああいう人が今少ないから喜劇が少なくて。それを僕らが一生懸命足掻いて作っているのを、大先輩たちが応援してくださってる。『北の国から』(フジテレビ系)の杉田成道監督からも「お前は本当に『北の国から』好きなんだなぁ」と言われて、山田洋次監督からは「そんなに『男はつらいよ』好きか」と言われて。
谷口:自分の中にある「何か」と同じものを、『踊る』に感じるってことなんでしょうね。