早川雪洲、三船敏郎、渡辺謙、菊地凛子、真田広之 日本人俳優の海外進出の歴史を辿る

1960年代~1990年代:日本人俳優の海外での活躍

 1960年代になると、三船以外にも日本人俳優が海外作品に出演する例が散見されるようになる。

 世代交代しながら今も続く『007』シリーズの日本を舞台にした『007は二度死ぬ』(1967年)には日本映画界のスターだった丹波哲郎が出演している。丹波は戦後GHQの通訳をしており、英語が堪能だったこともプラスに働いたのだろう。『007は二度死ぬ』はボンドガールのポジションにも日本人俳優の浜美枝が起用されている。真珠湾攻撃を日米双方の視点から描いた『トラ・トラ・トラ』(1970年)は、日米のパートで異なる監督が起用され、日本のパートは大半のセリフが日本語だった。当然の帰結として、同作には大量の日本人俳優が出演している。その中には山村聰や田村高廣といった当時の人気俳優も含まれている。日本パートは舛田利雄、深作欣二の両氏が監督として起用されているが、もとは黒澤明にオファーされていた。黒澤が撮影開始から間もなくして降板したことで、両氏が急遽起用されることとなった。そのまま撮影が続き、黒澤が日本パートをすべて撮り終えていたらどんな作品になっていたのか、気になる映画ファンは筆者だけではないだろう。黒澤がハリウッド映画を監督することは結局、以後なかったが、1970年代にソヴィエト(現ロシア)で『デルス・ウザーラ』(1975年)を監督し、第48回アカデミー賞で外国語映画賞(現・国際長編映画賞)を受賞している。

 太平洋戦争は、アメリカ資本の映像作品でもたびたび題材になっている。『シン・レッド・ライン』(1998年)、『ザ・パシフィック』(2010年)、『ハクソー・リッジ』(2016年)など日本人は背景レベルの脇役でしか出てこない作品も少なくないが、日本人のキャラクターがある程度以上の出番を与えらている例もあり、それらの作品にはもちろん、日本人やアジア系の俳優が出演している。ミッドウェー海戦を題材にした『ミッドウェイ』(1976年)には三船敏郎、スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(1987年)には伊武雅刀が出演している。

 ヤクザも海外製作の日本がらみの作品でよく題材になる。シドニー・ポラック監督の『ザ・ヤクザ』(1974年)には日本の大スター、高倉健が出演している。同作でヤクザ側の役だった高倉は、大物監督リドリー・スコットの『ブラック・レイン』(1989年)ではヤクザを取り締まる側の刑事役で出演している。日本男児の象徴的な存在だった大スターの高倉だが、同じくアメリカ資本の『ミスター・ベースボール』(1992年)にも出演している。あまりイメージはないが、高倉が英語が堪能だったこともプラスに働いていたのだろう。『ブラック・レイン』に高倉とともに出演した当時のスター、松田優作は本作で演技力を高く評価されたが、すでに癌による闘病中で本作が遺作となった。松田にはハリウッドから具体的なオファーが来ていたとの話が残っているが、彼が健康状態を保っていたらどうなっていたのだろうか。

『ザ・ヤクザ』写真:Everett Collection/アフロ

 『ザ・ヤクザ』の脚本を手掛けたレナード・シュレイダーは、日本人と結婚しており、本人も日本で長く生活していたため日本文化に造詣が深かった。弟のポール・シュレイダーが監督し、兄弟で脚本を手掛けた『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(1985年)はナレーション以外がほぼ全編日本語である。文豪・三島由紀夫を題材にした本作には三島を演じた緒形拳をはじめ、数多くの日本人俳優が出演している。残念ながら、日本では諸般の事情から未公開で、ソフト化も配信もされていない。

 そのほか、1980年代の例としてジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』(1989年)には永瀬正敏と工藤夕貴が出演している。工藤は同監督の『リミッツ・オブ・コントロール』(2009年)にも出演した。『ミステリー・トレイン』はカンヌ国際映画祭の最優秀芸術貢献賞を受賞している。

 ところが1990年代になると、日本人俳優の目立った活躍があまり見られなくなってしまう。1990年代の日本を扱った作品に『ライジング・サン』(1993年)があるが、同作は日本を誤解した描写が少なくない。この映画を観て日本に好意的な感情を持つ人はあまりいないだろう。同作にはマコ岩松、ケイリー=ヒロユキ・タガワなどの日系人俳優が出演している。バブル景気を背景とした貿易摩擦による対日感情悪化が影響していたのかもしれないが、これについては何とも判定しがたいところだ。1990年代の海外作品だと、『JM』(1995年)に北野武、『ヒマラヤ杉に降る雪』(1999年)には工藤夕貴、鈴木杏が出演している。北野武は映画監督としても国際的に高く評価され、『HANA-BI』(1998年)でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞、『座頭市』(2003年)でヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞を受賞している。俳優としては、日本のマンガを原作にしたハリウッド作品『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017年)にも出演している。

21世紀:サムライ、太平洋戦争、ヤクザ

 サムライ、ヤクザ、太平洋戦争は海外で描かれがちな日本的テーマだが、それは21世紀になっても変わらない。

 ありがちな「サムライ」を扱った時代劇で、海外作品で、日本人俳優の海外進出を語るうえで『ラスト サムライ』(2003年)の名前を挙げないわけにはいかないだろう。武士の勝元が流ちょうな英語を話す理由が説明されていないことが気になるが、忍者などの一部描写を除けば、日本人が明らかな違和感を感じる部分はあまりない。アメリカ人監督でアメリカ資本の作品で、これほど本格的な時代劇が製作されたことに驚きを禁じ得なかったのは筆者だけではないだろう。主演のハリウッドスター、トム・クルーズを差し置いて勝元役の渡辺謙が本作で最も注目を集め、第76回アカデミー賞の助演男優賞候補になった。日本出身俳優のアカデミー賞候補はマコ岩松が候補になって以来37年ぶりの快挙だった。渡辺と岩松はのちに『SAYURI』(2005年)で共演している。

『ラスト サムライ』©2003 Warner Bros. Entertainment Inc.

 以後、渡辺はたびたびハリウッドの大作にも呼ばれるようになる。興行的にも批評的には大成功を収めた『インセプション』(2010年)では、一言も日本語のセリフがなかった。ブロードウェイの舞台にも立ち、ミュージカル『王様と私』では舞台版のアカデミー賞ともいえる権威あるトニー賞の候補にもなっている。『王様と私』の舞台はシャム(現在のタイ)であり、もちろん日本語のセリフなどない。かつての雪洲のような「異国のスター」としての地位に落ち着いたと見做せるのではないだろうか。『ラスト サムライ』には『SHOGUN 将軍』でエミー賞を受賞した真田広之も出演しており、彼にとっても同作は海外進出のきっかけとなった。

 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のアンサンブル映画『バベル』(2006年)では、日本パートに出演した菊地凛子がアカデミー賞の助演女優賞候補になった。日本人の同賞候補はナンシー梅木以来、49年ぶりだった。『バベル』には日本の大物俳優・役所広司も出演しているが、彼も以降、たびたび海外作品に呼ばれるようになる。ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが日本で撮影した『PERFECT DAYS』(2023年)ではカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞し、作品自体もアカデミー賞の国際長編映画賞候補になるなど高く評価された。サムライが題材ではないが、大物監督のマーティン・スコセッシも日本を舞台に時代劇を監督した。文豪、遠藤周作の小説を映像化した『沈黙 -サイレンス-』(2016年)は、英語のセリフも多いが日本語も大量に用いられている。日本側キャストでは窪塚洋介が注目を集め、のちにイギリスBBC制作のテレビシリーズ『Giri/Haji』(2019年)にも出演した。同作に出演したイッセー尾形はロシア製作の『太陽』(2005)にも出演している。

『バベル』写真:Everett Collection/アフロ

 そして、『SHOGUN 将軍』である。『SHOGUN 将軍』はアメリカ制作でありながら、劇中言語の大部分が日本語であり、舞台もほぼ全編日本である。歴史の有識者には描写の誤りを指摘する方もいるようだが、本稿執筆のため重い腰を上げて鑑賞したところ、日本生まれ日本育ちの筆者から観て明らかに奇妙な部分は見られなかった。脚本はもともと英語で書かれていたようだが、翻訳もの特有の違和感も感じなかった。英語の脚本を日本語に翻訳し、さらに時代劇調に"翻訳"する二段階翻訳が行われたとのことだ。セリフだけ聞いていると国産時代劇なのだが、画造りが陰影の強いハリウッド的な作りで、日本時代劇とハリウッドのハイブリッドのような作品に仕上がっている。

 太平洋戦争もよく取り上げられる題材である。日本人俳優が大量出演した作品であれば、やはり『硫黄島からの手紙』(2006年)だろう。太平洋戦線の硫黄島の戦いを題材にした同作は、2度のアカデミー賞受賞監督クリント・イーストウッドの作品だが、アメリカ資本、アメリカ人の監督の作品でありながら全編の9割以上のセリフが日本語である。『ラスト サムライ』以来海外進出した渡辺謙をはじめ、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童など日本の有名俳優が出演している。帰国子女で英語が堪能な加瀬はその後、たびたび海外作品に呼ばれるようになり、『ベル・カント とらわれのアリア』(2018年)では渡辺と再度の海外作品共演を果たしている。『硫黄島からの手紙』はほぼ全編が日本語でありながら、アカデミー賞で作品賞の候補になった。ほぼ全編日本語の作品が作品賞候補(国際長編映画賞ではなく作品賞)になったのはアカデミー賞史上初の出来事である。後に日本映画の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)が同部門の候補になったが、今のところ日本語作品の同部門候補はこの2本だけである。

 『ザ・ヤクザ』『ブラック・レイン』など古い例も少なくない「ヤクザ」も、日本を扱った海外作品によく見られる例である。イギリス制作の『Giri/Haji』、アメリカ制作の『TOKYO VICE』(2022年~2024年)はいずれもヤクザを題材にしており大規模な東京ロケを敢行している。東京は撮影の規制が厳しく、大々的なロケのハードルが高いが、これらの2作品はロサンゼルスのリトル・トーキョーやロンドンのブリュワー・ストリートでお茶を濁さなかった。特に『TOKYO VICE』はアメリカ制作でありながらほぼ全編で東京を舞台にしている。『TOKYO VICE』で日本の新聞社で働く新聞記者を演じたアンセル・エルゴートは本作のために数カ月間、毎日10時間日本語を勉強したそうだが、まるで数年日本に在住して働いている外国人のような“慣れた”日本語を話している。

『TOKYO VICE』©︎HBO Max / Eros Hoagland ©︎HBO Max / James Lisle

 両作品には当然ながら、多くの日本人俳優が出演している。『TOKYO VICE』にはアカデミー賞候補経験のある渡辺謙、菊地凛子のお馴染みの名前に加え、伊藤英明、笠松将、山下智久、萩原聖人、豊原功補らが出演した。『Giri/Haji』に出演した平岳大は、制作元のイギリスでBAFTA賞テレビ部門の主演男優賞候補になっている。窪塚は『Giri/Haji』と『TOKYO VICE』の両方で姿を見せている。

 ところで、真田広之は『SHOGUN 将軍』でエミー賞受賞後、トークバラエティ番組の『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』に出演し、通訳なしで番組ホストのスティーヴン・コルベアとやり取りをしていた。『SHOGUN 将軍』の日本人キャストは劇中セリフの大半が日本語だが、同作のメインキャストには英語の堪能な俳優が多い。

『SHOGUN 将軍』©2024 Disney and its related entities

 『Giri/Haji』『SHOGUN 将軍』に出演し、『SHOGUN 将軍』でエミー賞主演女優賞を受賞したアンナ・サワイはニュージーランドの帰国子女、同じく『Giri/Haji』『SHOGUN 将軍』に出演した平岳大はアメリカの名門大学を卒業しており、もともと英語が堪能である。

 浅野忠信も『マイティ・ソー』(2011年)以降は英語作品にたびたび出演するようになった。英語圏のみならず、中国、タイ、モンゴルなどアジアの映画にも出演しており、若き日のチンギス・ハーンを演じた『モンゴル』(2007年)は全編モンゴル語だった。『モンゴル』はアカデミー国際長編映画賞の候補になっている(カザフスタン代表の扱い)。

『マイティ・ソー』写真:Everett Collection/アフロ

 『SHOGUN 将軍』の出演者以外の例だと、『デッドプール2』『デッドプール&ウルヴァリン』のシリーズ作品に続けて出演した忽那汐里は、オーストラリア育ちの帰国子女、スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(2018年)に出演した森崎ウィンは幼少期に英語学校に通っており、英語が堪能である。

 劇中で英語を話すかどうかに関係なく、演出・技術スタッフと円滑にやり取りができた方が確実に有利なはずだ。役柄に関係なく、海外進出するうえで語学は重要になるだろう。もとより日本と関係の深い韓国、中国はもちろんのこと、距離的にも文化的にも遠い北米やヨーロッパでも今後は日本を題材にした作品の注目度は高まっていく可能性がある。そうなったら日本俳優への需要は高まるだろう。言語体系の全く異なる言語を習得するのは容易ではないだろうが、日本俳優への需要が高まれば、バイリンガル俳優も増えていくことだろう。昨今の勢いを見ると、日本の俳優が出演したテレビドラマを地上波で観て、同じ俳優が出演した海外作品を劇場や配信で観るのがありふれた光景になるかもしれない。

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