【ドラマ座談会】『海に眠るダイヤモンド』『ベビわる』の凄さ 世代交代の波も各所に
11月下旬に入り、折り返し地点/最終幕に突入している秋ドラマ。ライターの成馬零一氏、田幸和歌子氏、木俣冬氏の3名はどんな作品に注目しているのか。ドラマファンからも“黄金チーム”と評判高い野木亜紀子×塚原あゆ子×新井順子による『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)をはじめ、『無能の鷹』(テレビ朝日系)、『3000万』(NHK総合)など注目のタイトルが次々登場した。(※座談会は10月末日に収録)
『海に眠るダイヤモンド』で発揮される“黄金チーム”の力量
――今期、注目しているドラマからお話いただけますか?
田幸和歌子(以下、田幸):『無能の鷹』の原作ファンなのですが、キャストがひとりひとり素晴らしくて、隅々までよくこんなにいい俳優たちを集めたなと感心しながら観ています。それと、根本ノンジさんが楽しそうに脚本を書いているなと思います。
木俣冬(以下、木俣):面白いですよね。「この秋、何がいい?」と聞かれると、『無能の鷹』を推薦しちゃっています。何もできなくてもいていいのだという、みんなでできることを探す話でホッとします。
成馬零一(以下、成馬):僕が根本さんを意識したのは、木皿泉さんがメイン脚本家だったドラマ『セクシーボイスアンドロボ』(日本テレビ系)の第5話がきっかけでした。2000年代の根本さんは日本テレビのドラマに多く関わっていて、脚本協力として名前を見る機会も多かった。だからなのか、『おむすび』(NHK総合)や『無能の鷹』を観ると、2000年代に土9で放送していたドラマを観ているような楽しさがあるんですよね。
木俣:根本さんは、日テレの河野裕之プロデューサーの下で脚本のお手伝いをしていて、河野さんの作ってきた甘酸っぱい青春や家族ドラマのムードをいまの時代にアップデートしたものを書いているような気がします。ゆるふわな感じ?
――『海に眠るダイヤモンド』はいかがですか?
田幸:第1話はやられました。まず過去の端島の再現性にビックリしました。CGでもないだろうし、全部セットのはずもない。どういうふうに作っているのかと思ったら、セットにCGを合成していくやり方だという記事を読みました。ただ、映画と違って、連ドラのスケジュールではCGが間に合わないから、CGをあらかじめ作って、それをもとに撮影する手法で撮っているとあって、それでアニメーションみたいな面白い質感の映像ができたんですね。野木亜紀子さんはかなり前に脱稿されていたことをSNSでも書かれていましたけれど、その割にスタートがなぜこんなに遅いの?と思ったらこういうわけだったんだと納得の第1話でした。いままでアニメーションと実写の質感を融合させてうまくいったのは『17歳の帝国』(NHK総合)がありますが、それはNHKの時間と予算ありきでできたものだと思っていました。それがTBSでもやれたということは注目に値します。
成馬:僕も映像の衝撃が大きかったですね。物語の見せ方は『おむすび』と近くて、端島を中心とした世界を観せることを第一に考えていて、物語の方向性は第3話終了時点では、まだはっきりしていない。これまで新井順子プロデュース、野木亜紀子脚本、塚原あゆ子演出という3人のチームが作ってきた、1話完結のクライムサスペンスや映画『ラストマイル』の流れとは違う新しい作品を作ろうとしていると感じました。今のところ、考察要素がいづみさん(宮本信子)の正体しかないので凄いけど、「何を目的に観ればいいの?」と戸惑っている人も多いと思うんですよね。過去の端島の話と未来のホストの話がどう関係しているのかわからないけど人間関係をすごく丁寧に描いているので、人が生きて生活しているという手触りがしっかりとある。その意味でオープンワールドのRPGをプレイしている時の感覚に近い。映像作家・塚原あゆ子の圧倒的な力量を感じました。
木俣:成馬さんが前回の座談会のとき(※1)、『ラストマイル』を観て、塚原さんはいつか『ゴジラ』を撮るのではないかと言っていましたよね。私、『海に眠るダイヤモンド』の端島の風景を見て、『ゴジラ』(1954年)を思い出したんですよ。初期のゴジラって、その時代の日本の生活者の姿をすごくちゃんと撮っていて、エキストラの表情に見応えがあるんです。それこそ島や港で生きている人たちが生き生きしている。で、実は日曜劇場ってずっとそうで、労働者をいつもたくさん出しています。そのなかに視聴者の顔が見えるのだということを描いてきた。新しいことに挑戦しているようで、本来の日曜劇場魂を踏襲しているんです。
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成馬:『アンナチュラル』(TBS系)や『MU404』(TBS系)は警察や法医学の医師たちが社会問題を解決する話でしたが、今回は国家権力を背負った圧倒的なヒーローがいなくて、末端の労働者の話なんですよね。端島の炭坑夫も、現代のホストも、搾取されている労働者として描かれている。『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の時から、野木さんの脚本には労働と契約の問題が常に描かれていて、雇用主と労働者が同じ机の上で契約条件について話し合って権利を勝ち取ろうという思考がベースにある。この作品で、やっと2020年代の日曜劇場の方向性が見えてきたなと感じました。
木俣:『虎に翼』(NHK総合)が吉田恵里香さんのイマジネーションと清永聡さんの取材力によって成り立ったドラマだとすると、ドキュメンタリーのADをやっていたこともある野木さんは、取材もイマジネーションもどちらも兼ね備えた逸材ですよね。
――事前の取材では、新井さんは考察要素がめちゃくちゃ増えていくみたいなことを語っていました。
木俣:もしかしたら、労働者的つかみはもともとの日曜劇場ファンも逃さないもので、だんだんと『VIVANT』(TBS系)のような新たな視聴者層も取り込む感じを考えているのでしょうかね。
成馬:物語がどこに向かうのかは、わからないですよね。ただ、テレビドラマで本気でジブリのアニメ映画や山崎貴の映画と勝負できる水準のものを作ろうという気概を感じて気持ちが良いんですよね。
田幸:カット割りがアニメっぽいですよね。私もジブリみたいと思って観ていました。塚原あゆ子D×新井順子Pの『下剋上球児』(TBS系)は野球シーンでアニメーションを取り入れていて、正直、ドラマが分断されて没入できない印象があったのですが、実写でアリながら映像のルックやカット割り、構図などをアニメ的にしているのは非常に上手く行っている気がします。
木俣:『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)から20年経って、やっとテレビドラマの映像技術が映画に追いついてきたってことかもしれません。注目すべきは、それを成し遂げたのが女性チームだったことです。男女で分けちゃいけない時代ですけれど、特撮映画って男性がすごく根を詰めて作ってきたじゃないですか。女性が、時間もお金もスタッフの数的にもたくさん必要なことを主体となってできたことがすごいと思うんです。そこに時代の変化を感じますし、カッコいいと思います。
成馬:『VIVANT』(TBS系)にも戦いを挑んでますよね。
木俣:『VIVANT』はラクビー部出身のガタイのいい福澤克雄さんが現場を指揮していたわけですよ。昭和は現場で怒号を飛ばしながらスケールの大きなものを作ってきたのが、令和のいまはそれがなくてもできる。技術の発展のおかげかもしれないし、男女関係ないんだと。そこに希望を見出します。
田幸:新井さんのプロデューサーとしての成長が著しい。もともとは野木さんと塚原さんに育ててもらっているみたいな言い方をされていたように記憶しますが、どんどん新井さんが力を蓄えて『海に眠るダイヤモンド』のようなものができるようになった。そんな新井さんの足跡が見える気がします。
木俣:スケールはやたら大きいけれど、ただゴリゴリしたものじゃなく、恋愛パートなど情緒的な部分とかもちゃんと残していることが新井×野木×塚原作品の特性だと感じます。
成馬:新井さんは理想の視聴者の分身なんですよね。野木さんと塚原さんだけで作ると先鋭的すぎるので、バランサーとして新井さんの存在は凄く重要なのだと思います。