『室井慎次 敗れざる者』が“『踊る』らしさ”を封印した意図とは? 2部作前編の役割を解説
そのドラマに無神経に介入してくる弁護士の奈良(生駒里奈)の姿には、『容疑者 室井慎次』における小原久美子(田中麗奈)の姿が重ねられるし、そもそも犯罪被害者遺族の再起に立ち会おうとする室井の姿からは、ドラマシリーズで柏木雪乃(水野美紀)に対してできなかったことを取り返そうとしているようにも映る。タカの将来について具体的なビジョンこそ提示されないが、柏木雪乃が後々警察官になったように、タカもその道に進むことになるのではないかと、『踊る』ファンなら考えずにいられなくなるはずだ。
もうひとりの幼いリクの物語は、後編の『生き続ける者』に持ち越されることになる。彼は犯罪加害者の息子という位置付けであり、前編の序盤で室井は、訪ねてきた近隣の住民たちから「なぜ加害者の子どもを世話するのか」という旨の指摘を受ける。ドラマシリーズの第9話でも殺人事件の加害者の愛人を保護する任務が描かれたように、『踊る』シリーズが従来の刑事ドラマの“事件を解決する”ということだけに特化せずに、“事件に関わった者たち”を描くことにこだわりつづけてきたことが、この『室井慎次』2部作にも確かに引き継がれているといえよう。ちなみに脚本の君塚良一は、すでに自身の監督作である『誰も守ってくれない』でこの領域に踏み込んでいるので、参考作のひとつとしてあげておきたい。
その視点をもってすれば、ネット掲示板で希死念慮をもった人物を呼びかけ殺害し、体内に“くまのぬいぐるみ”を捩じ込むという猟奇殺人事件(劇場版第1作)で服役し、多くの信者を獲得しながら旧湾岸署の建物爆破を焚き付けた(劇場版第3作)日向真奈美の血を引く杏もまた、犯罪加害者の家族という意味ではリクと同様である。個々人としては正反対の性質を持った杏とリクという、ふたりの加害者家族の対比をどのように扱うのか、そして室井慎次が事件の捜査協力へと本格的に乗りだした果てに、どのような答えに漕ぎ着くのか。それらが明示された後編を観るまでは、この前編の成否は保留にしておくべきであろう。
■公開情報
『室井慎次 敗れざる者』
全国公開中
『室井慎次 生き続ける者』
11月15日(金)より公開
出演:柳葉敏郎、福本莉子、齋藤潤、前山くうが、前山こうが、松下洸平、矢本悠馬、生駒里奈、丹生明里(日向坂46)、松本岳、佐々木希、筧利夫、甲本雅裕、遠山俊也、西村直人、赤ペン瀧川、升毅、真矢ミキ、飯島直子、小沢仁志、木場勝己、稲森いずみ、いしだあゆみ
プロデュース:亀山千広
脚本:君塚良一
監督:本広克行
音楽:武部聡志
配給:東宝
©フジテレビジョン
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