Netflix映画『喪う』が描く深い人間ドラマ “名作”の濃密かつ繊細なアプローチを紐解く

 Netflix配信の映画作品のなかでも、アカデミー賞に絡んでも全くおかしくない、そしていまからでも「名作」と呼びたくなるほどの、深い人間ドラマが描かれるタイトルが出現した。3人の娘が父親の死に向き合う姿を描いた映画『喪う』である。Netflixに加入しながらまだ鑑賞していない映画ファンは、ぜひすぐさま観てほしい。

 監督と脚本を務めたのは、『ラバーズ・アゲイン』(2017年)、『フレンチ・イグジット ~さよならは言わずに~』(2020年)など、味わい深い人間ドラマが描かれる映画作品を手がけてきたアザゼル・ジェイコブス。彼は今回、死にゆく父親の娘たちを演じる3人の俳優ナターシャ・リオン、エリザベス・オルセン、キャリー・クーンのために、あらかじめ俳優が決まった上で書く“当て書き”で、物語を構築したのだという。

 病床にあって集合住宅の自室で弱っていく、父親ヴィンセント(ジェイ・O・サンダース)。その側で面倒をみていたのが、彼の娘レイチェル(ナターシャ・リオン)だ。彼女はいまも実家でもあるその場所に住みながら、父親の世話をし続けている。そこに、独立後に離れて暮らしていた娘たちケイティ(キャリー・クーン)とクリスティーナ(エリザベス・オルセン)が帰ってきて、ともに父親との最後の時間を過ごそうとする。

 しかし、離れて暮らしていた時間と、それまでの事情が、3人の娘たちの互いの関係に“しこり”を残していた。ケイティとレイチェルは、ことあるごとに反発し合い、クリスティーナもまた、その言い争いに加わってしまうのである。アザゼル・ジェイコブス監督は、この負の関係に、3人の俳優からイメージされる性格を当て込んでいるのだ。

 ナターシャ・リオンは、ここでは彼女の当たり役となったドラマシリーズ『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』の主人公そのままのような、我が道をいくワイルドな性格を、レイチェル役を通して見せてくれる。キャリー・クーンの役柄ケイティは、几帳面で秩序を求める性格から、そんなレイチェルと何度も衝突してしまう。エリザベス・オルセン演じるクリスティーナは柔和な態度を見せつつも、いまは経済的に裕福な生活を送っているという、“成功者”の雰囲気をしばしば醸し出すことで、関係性に微妙なストレスを生じさせる。

 この当て書きのイメージは、相互に確執を呼ぶ性質のものであるだけに、監督にとっての俳優たちへの、ある種、辛辣とも意地悪ともいえる見方が反映されているといえよう。だからこそ、ここで互いに反発し合う、限定された空間での舞台演劇風の会話劇が、非常にリアルなもの、あってもおかしくなさそうな緊迫したものに感じられるのである。

 この会話劇にリアリティを与えているのは、それだけではない。物語の舞台となる集合住宅はセットでなく、実際にニューヨーク、マンハッタン地区のロウアー・イースト・サイドに実在する、現役の集合住宅が利用されているのだ。だから撮影に使われた部屋の周りでは、住人たちが本当に生活しているということになる。そこで監督は、住人たちの迷惑に極力ならないように、演技の声が漏れても影響が少ないよう、時間帯などに気をつけて撮影したというのだ。

 セット撮影であれば、どれだけ音を立てても良いし、さまざまな構図や複雑なカメラワークも可能となる。俳優やスタッフの時間や作業も効率化できるだろう。だがここでは、そのような利点を捨てたとしても、実物を撮るということにこだわっているのである。そして、そのリアリティは俳優にもまた伝播することになるのではないか。合成映像やCGアニメーションを後で追加するために「グリーンバック」などを使用する現場では気分を出せないという俳優も少ないないなかで、本物のシチュエーションを用意した撮影環境は、演技に迫真性を加えるのに役立ったはずである。

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