『逃げ上手の若君』は“逃げる”の意味を更新する アニメでさらに魅力的になった野心作に
また、尊氏に戦いを挑む時行の姿は、日本の中世を舞台にした歴史漫画をジャンプで描こうと挑む作者の姿勢ともどこか重なる。
少年誌で歴史漫画を描いてヒットさせることはとても難しい。ましてや『逃げ上手の若君』の舞台は戦国時代や幕末といったポピュラーな時代ではなく、鎌倉時代末から南北朝時代という一般的にはあまり馴染みのない時代である。そのため時代背景を読者と共有するだけでも手間がかかり、力のない作家なら史実の説明だけで力尽きてしまう。
しかしさすが、競争の激しいジャンプで3本のヒット作を出した松井優征である。本作はとても読みやすく、馴染みのない時代をあの手この手でわかりやすく解説することで、歴史漫画とバトル漫画の面白さを見事に両立している。
松井は「ジャンプの漫画学校」という創作講座のインタビューで、漫画の魅力を攻撃力と守備力に分けて分析している。面白いストーリー、上手い絵、センスのある演出などは攻撃力。見やすいコマ割り、文字数をできるだけ少なくして台詞、不快なキャラやストーリー展開を避けるといった読者が漫画を読む上で時間や労力といったコストを減らすためのテクニックを守備力に例えている。
攻撃力はセンスや運に依存する要素が強いが、守備力は意識すれば身に付けられるものだと松井は明言しており、守備力を高めることができれば、失点(読者人気の低下)を減らすことができると解説している。ここで松井が言う「守備力」は北条時行の「逃げ上手」と重なるものがあるように感じる。
「逃げる」とは言うなれば究極の防御術であり、時行は逃げ回ることによって被害を最小限に止めて敵を翻弄し、体制が崩れた瞬間を狙い止めの一撃を加える。こう書くと、あまりカッコよくない卑怯な戦法だと感じる人も多いかもしれないが、逃げることに喜びを覚えた時行の活き活きとした表情を見せることで、本作は「逃げる」という行為の持つ意味そのものを書き換えようとしている。
弱者が強者と対峙するためには、あらゆる可能性を想定した上で最善の手を尽くさねばならない。そういった厳しい現状認識を踏まえた上で「逃げる」ことの楽しさを描いているからこそ、『逃げ上手の若君』はスリリングで活き活きとした作品に仕上がっているのだ。
■放送情報
『逃げ上手の若君』
TOKYO MX、BS11ほかにて、毎週土曜23:30〜放送
キャスト:結川あさき、矢野妃菜喜、日野まり、鈴代紗弓、悠木碧、戸谷菊之介、中村悠一、小西克幸
原作:松井優征(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:山﨑雄太
シリーズ構成:冨田頼子
キャラクターデザイン・総作画監督:西谷泰史
副監督:川上雄介
プロップデザイン:よごいぬ
サブキャラクターデザイン:高橋沙妃
色彩設計:中島和子
美術監督:小島あゆみ
美術設定:taracod/takao
建築考証:鴎利一
タイポグラフィ:濱祐斗
特殊効果:入佐芽詠美
撮影監督:佐久間悠也
CGディレクター:有沢包三/宮地克明
編集:平木大輔
音響監督:藤田亜紀子
音楽:GEMBI/立山秋航
音響効果:三井友和
制作:CloverWorks
©松井優征/集英社・逃げ上手の若君製作委員会
公式サイト:https://nigewaka.run/
公式X(旧Twitter):@nigewaka_anime