山下敦弘×枝優花『水深ゼロメートルから』対談 “キラキラ映画”ではない物語が捉えたもの

“おじさん”が観ても楽しめる『水深ゼロメートルから』

――「シンパシー」と「エンパシー」みたいな話ってあるじゃないですか。「同じだからわかる」のが「シンパシー」で、「違うけどわかる」のが「エンパシー」であるという。この映画は、間違いなく後者の映画になっているように思いました。

枝:なるほど。それは、そうかもしれない。多分、私とかが撮ったら、きっと「シンパシー」のほうが強くなっちゃう気がするんですよね。でも、この映画は、「エンパシー」のほうが強いから、排除される人が少ないような気がしていて。「シンパシー」って、もちろん大事なものだと思うんですけど、それを前面に出し過ぎると、断絶が生まれるなっていうのは、最近思っていて。

――なんとなくわかります。

枝:言い方が難しいんですけど、「当事者性」みたいなものが強過ぎると、そうじゃない人が逆に入れなくなってしまうというか、安易に共感してはいけないのかもって思ってしまうようなところがあって。だから私も、「女性ならでは」みたいなものを求められるときは、身構えてしまうんですよね。「大丈夫かな? シンパシーが強くなり過ぎて、男性の観客を排除しないだろうか?」と。自分としては、なるべくみんなに観てもらいたいというか、わかる人にだけわかってほしいと思って撮っているわけじゃないのに、「ひょっとして、そういうものを求められているのかな?」って思うようなときもあって。そういう意味で、この映画は、「エンパシー」のほうが強いから、あんまり排除されないし、それこそ女子高生からはいちばん遠いところにいる「おじさん」が観ても、普通に楽しめるようなところがあると思うんですよね。

(左から)山下敦弘、枝優花

山下:まあ、そこは、女子高生とは何も接点がない自分というか、紛れもない「おっさん」が撮った映画ではあるので、おっさんにも伝わる部分は、きっとあるだろうなとは思っていて(笑)。あと、この話って、実は主人公がいないじゃないですか。それがいいなって俺は思っていて。この子を描くために、他の子がいるみたいな構図ではないんですよね。

枝:確かに。「スクール・カースト」みたいなものを描いた話って、最近結構多いじゃないですか。この話も、最初「そういう感じなのかな?」って思って観ていたんですけど、案外そうでもないというか、意外とみんな一緒で、みんなそれぞれ、ちょっとずつ悩んでいて……。もしこれが、教室の中とかだったら、その「違い」が際立つのかもしれないけど、この話は、夏休み中の特別補習として、先生からプール掃除を指示されたっていう話じゃないですか。ってなったときに、いつも一緒にいる友達とか、部活の同期とか、自分を大きく見せるための仲間がいない分、それぞれが「個」でいるような感じがあって。そういうフラットな感じって、今まで観てきた「女子高生もの」とかでは、あんまりなかったなって思ったんです。みんなそれぞれ、タイプが違うというか、興味を持っていることも悩んでいることも違うんだけど、意外とみんな、普通にしゃべるというか。普段の教室とかだったら、そうはいかないかもしれないけど、まわりの目を気にしてなくていい分、フラットな感じの会話が、ずーっと続くっていう。そういうのって、あんまり舞台とか映画で観たことないなって思ったんです。

――観たことはないないけど、実感値としてはわかりますよね。「個」として向き合ったら、意外と普通に話せるというか。

枝:そう。グループが違うから、普段はあんまりしゃべらなかったけど、何かの機会で一対一で話してみたら、意外と話せる子だったみたいな。そういうのって、あったなって思って。そこがすごくリアルだったというか、「そうだよね。こんなもんだよね、私たち」っていう。

枝優花

――そういう意味では、やっぱり中田さんの脚本が面白いんですかね。基本的に彼女たちが会話しているだけなんですけど、相手に対して決定的なことは言わないにせよ、ちょこちょこ言葉のジャブみたいなものを打っているようなところがあって。

山下:そうですね。基本的にずっとフランクな感じでしゃべっているんだけど、ちょこちょこストレートなことをお互い言い合っているというか、前半で打った軽いジャブが、ちゃんと後半、効いてきたりとかして。そのへんは俺も編集していて「あ、なるほどな」って思いました。無駄なようで無駄じゃない台詞が、実はいっぱいある。まあ、そこは中田さんの脚本が素晴らしいというか、俺は現場で、そこまで考えてなかったんですけど(笑)。

――(笑)。とはいえ、「戯曲」として書かれたものを「映画」にするために、いろいろ悩まれたところもあったんじゃないですか?

枝:映画化の話を聞いたときに、そこがいちばん大変だろうなって思いました。。

山下:そうなんですよね。やっぱり、場所が変わらないじゃないですか。メインの子たちが、水の張ってないプールの中にずっといる。正直、その画が想像できなかったんですよね。なので、クランクインの前から、現地に行ってプールの水を抜いて、そこに砂を撒いて、実際にその場所で、彼女たちと延々リハーサルをやって。ただ、そのときに、「あれ? プールって意外と面白いぞ」というか、この空間の特殊な感じに気づいたところがあったんです。もちろん、ビジュアル的には、そんなに変わり映えはしないんですけど、一個下の世界で、彼女たちがしゃべっているだけで、意外と成立するような気がして。

――引きで撮ると、ちょっと舞台的な感じもあって、結構面白い画になっていますよね。

山下:舞台っぽいと言えば舞台っぽいんですけど、この場所だから成立しているというか、さっきの枝さんの話じゃないけど、これが教室とかだったら、また違うんだろうなっていう感じがあって。野外のプールという開放感も含めて、良い感じでできたなって思っているんですよね。

枝:地面から一個下がったところにある箱型の空間に、彼女たちが押し込められているような感じが、面白いなって思いました。あと、水を抜いたプールって、意外と深いんですよね。彼女たちが、そこをいちいちよじ登って出たり入ったりするのも面白いなって思って(笑)。

(左から)山下敦弘、枝優花

山下:絶妙な深さなんだよね。深過ぎず、浅過ぎず。あと、プールに引かれたラインが、ときどき十字架っぽく見えたりして(笑)。たまに入ってくるこの十字架が、結構効いているんですよね。

枝:すごく映画的な場所になっています。やっぱり、「同じような画になっちゃうのかな?」って思っていたんですけど、そういう印象も特になくて。でも、だからと言って、めちゃくちゃ撮り方を工夫して、飽きないようにしている感じでもなく、基本的には、彼女たちの芝居をずっと撮っている。

山下:今回は、撮影も良かったなって思っているんですよね。『ハード・コア』(2018年)をやってくれた高木風太が、今回撮影をやっているんですけど、「あのときは、カメラを動かし過ぎたから、今回は俺、そういうのやんないです」って言っていて。「お、なんかカッコいいな」って思って(笑)。

――あまりカメラを動かすと、彼女たちの「空気感」や「間」が失われてしまいそうですよね。

山下:そうなんですよね。あと、予算的なところで、毎日レールを引けるとか、自由に特機を使えるような現場でもなかったので。そういうものがあると、逆にそれを使いたくなっちゃうんですけど、今回はそれもなかったから、あくまでも芝居を中心に考えていくことができて。そうやって、すごくシンプルにできたのが、良かったかなって思います。ホント、必要最低限のもので組めたというか。

――そんな本作を、枝さんとしては、どんな人たちにお勧めしたいですか?

枝:今の高校生たちというか、この映画に出てくる子たちと同世代の子が観て、どう感じるのかも気になりますけど、さっき言ったように「おじさん」じゃないですけど、「自分には、わからないだろうな」と思っている人たちこそ、観てもらいたいです。そういう人たちが観て、思わぬところで、食らうというか。私が撮った『少女邂逅』(2017年)も、そういう感じだったんですよね。まあ、最初はそういうつもりじゃなかったのかもしれないですけど、観たら結構ハマってしまって、「あの頃の痛みを思い出しました」と言ってくれる方々が結構いて……。

山下:そうなんだよね。おじさんって、意外と繊細だから(笑)。

枝:おじさんのほうが意外と少女だったというか、「おじさんの少女性を引き出したのか……」って思ったら、なんか「それもいいな」って思って(笑)。この映画も、そんなつもりじゃなかったけど、意外と刺さっちゃったみたいな感じに、きっとなるような気がするんですよね。女子にしかわからない感覚ではなく、「これは自分の話かもしれない」って、いろいろな人が思えるような映画になっている。

――そうですね(笑)。山下監督は、いかがですか?

山下:おじさんマインドに、きっと響くんじゃないかっていうのは思っています。最初に言った『櫻の園』じゃないですけど、あの映画を観ていた16、7歳の自分に観せたいなっていうのがあって。まあ、今思えば、俺はそのぐらいの歳にして、おじさんマインドを持っていたのかもしれないけど(笑)。

――(笑)。それはもはや、年齢や性別の話ではないのかもしれないですよね。概念としての「おじさんマインド」というか。

山下:そう、概念としての「おじさんマインド」(笑)。

山下敦弘

――そういう意味では、中学生の頃に、山下監督の『リンダ リンダ リンダ』を観て衝撃を受けたという枝さんも……。

枝:そうかもしれない(笑)。

山下:そういう10代の女の子も、きっといるはずなんですよね。というか、男でも女でも、おじさんでもおばさんでも、そういうものが響く人っていうのは、きっと全国にいて。そういう人たちに、届けばいいんですけど。

枝:10代の頃の私じゃないですけど、いわゆる「キラキラ映画」に共感できなくて、ちょっと途方に暮れてしまっているような子たち。

山下:絶対いるじゃないですか。そういう人たちに刺さったら、どうなるのかなっていう。あと、10代の子たちって、やっぱりちょっと尖っているじゃないですか。

――まあ、この映画も、最終的には彼女たちが「世界」に対して「宣戦布告」するようなところがあって。

山下:そうそう。それを見て「何、言ってんだよ」って思う10代も、きっといるとは思うんですけど、その中の何人かは「そこがいちばんグッと来た」って思うかもしれないじゃないですか。そういうところまで届いたら、すごく嬉しいですよね(笑)。

■公開情報
『水深ゼロメートルから』
5月3日(金)より新宿シネマカリテほかにて公開
出演:濵尾咲綺、仲吉玲亜、清田みくり、花岡すみれ、三浦理奈、さとうほなみ
監督:山下敦弘
脚本:中田夢花
原作:中田夢花、村端賢志、徳島市立高等学校演劇部
音楽:澤部渡(スカート) 
主題歌:スカート「波のない夏 feat. adieu」(PONYCANYON / IRORI Records)
製作:大熊一成、直井卓俊、久保和明、保坂暁、大高健志
企画:直井卓俊
プロデューサー:寺田悠輔、久保和明
制作プロダクション:レオーネ
製作幹事:ポニーキャニオン
製作:『水深ゼロメートルから』製作委員会
配給・宣伝:SPOTTED PRODUCTIONS
©︎『水深ゼロメートルから』製作委員会
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/suishin0m

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