タイカ・ワイティティによる娯楽作 『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の裏にあるものを読む

 ナチスドイツの虐殺というシリアスな題材に独自のユーモアを加えた鮮烈な作風によって、オスカー脚色賞受賞となった『ジョジョ・ラビット』(2019年)や、『ソー:ラブ&サンダー』(2022年)などの話題作を手がけ、ハリウッドのトップ監督の一人となっているタイカ・ワイティティ。そして近年ますます“いぶし銀”の魅力を放つ俳優マイケル・ファスベンダー。この二人が組んだ新作は意外なことに、実話を基にした明るいスポーツコメディ作品だった。

 本作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の題材となるのは、2001年、サッカーのワールドカップ予選史上最悪の「0-31」という大敗を経験してしまった、米領サモアのナショナルチーム。マイケル・ファスベンダーが演じる、実在のサッカー監督トーマス・ロンゲンが、この世界最弱の代表チームを改革していく過程が描かれていく。

 『がんばれ!ベアーズ』(1976年)をはじめ、『クール・ランニング』(1993年)や『だれもが愛しいチャンピオン』(2018年)、『シャイニー・シュリンプス!』シリーズなど、弱小チームの奮闘物語は、実話ベースや創作も含め、長らく多くの観客に感動を与えてきた。それだけに、革新的だったり過激な内容よりも、単純明快でツボを押さえた娯楽映画であることが必要となることが多いジャンルでもある。

 その意味では、ユーモアのセンスがありながらもエッヂの効いた作品を送り出してきたワイティティ監督やマイケル・ファスベンダーのイメージとは異なるところがあるが、『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は、まさに職人的な娯楽作品の枠のなかで、両者がベストといえる働きをすることで、まさしく万人が楽しめる成功作に出来上がっている。とくにワイティティ監督の、ベーシックな職人監督としての確かな技術や適性の高さが際立った一作として記憶されることになるだろう。ここでは、そんな本作の内容を紐解いて、その裏にあるものを読んでいきたい。

 オーストラリアの東側に位置するオセアニアのサモア諸島。そこは独立国家サモアと、アメリカ領となっている小さな島の「米領サモア」がある。ワールドカップ予選で強豪オーストラリアに大量得点され、不名誉な記録を作ってしまったのは、米領サモアのナショナルチームであり、彼らはFIFAランクでも最下位を独走していた。

 そんな米領サモア代表を強いチームにするために招聘されたのが、トーマス・ロンゲンだ。選手時代はオランダの名門プロチーム「アヤックス」の控えチームでキャリアをスタートさせ、その後アメリカのプロリーグで活躍し、監督となった人物である。その後、アメリカを中心にプロチームやナショナルチームのユース、高校や大学のチームを指導してきている。

 米領サモアは、FIFAランク最下位の状態にあったとはいえ、国家の代表チームには違いなく、キャリアの失墜では全くないと思えるが、問題は国家の規模が非常に小さいという点だろう。国の総人口が約5.5万人という、日本の小さな市ほどの住民数では、サッカー人口は限られてしまう。サモア出身のオスカー・カイトリーが演じる、米領サモアのサッカー協会会長の「ワンゴールを目指す」という目標は、ある意味妥当なものだといえるかもしれない。

 首都パゴパゴですら閑散としていて、自然が豊富ながら観光地としてもあまり整備されていない現状。劇中でチームの一員であるジャイヤ・サエルア選手(カイマナ)が言うように、漁師や軍人になるという選択が一般的で、多様な職に就くような環境が用意できないのだ。代表チームのメンバーもそれぞれ仕事を持って働いている。本作ではトーマスが、「俺はサッカーのために人を殺せるぞ!」などと、問題発言でチームを奮起させようとするが、そういったサッカーへの執念が、いまいち島の人々に伝わらない。

 本作の重要なポイントは、まさにこの考え方、価値観の違いにある。トーマスが切望しつつもトップでプレーすることがかなわなかったヨーロッパのプロリーグでの試合は、大勢のサッカー選手のなかのごくごく一部しか出場できない。優れた才能、惜しまぬ努力、チャンスを引き寄せる強運、その他もろもろの条件が揃って、はじめて活躍できるのである。そんな絶えずプレッシャーを受け続ける厳しい環境において自分を研ぎ澄ませてきた人物が、このゆったりとした場所に苛立ちをおぼえるのも無理はない。

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