『エコー』はマーベルドラマの今後の指針になり得る傑作 予備知識ゼロでも心に響く理由

トラウマを乗り越え、自身のルーツに帰結するパワフルなストーリー

 そしてその良質さは、カメラワークや俳優の演技、アクションに留まらず、脚本や物語、セリフそのものにも表れている。本作で我々はマヤの過去……幼い頃、母親と交通事故に遭ってしまったこと、その際に母を亡くし、右足を失ったこと、父に連れられてNYで体術を学びながら育ったことを知ることになる。その父親がキングピンの手下であるトラックスーツ・マフィアのリーダーであることは『ホークアイ』で描かれたが、今作で焦点が当てられるのはその母を失ったトラウマと、キングピンの加護を得て育った幼少期、そして立ち返る彼女の“ルーツ”なのだ。

 物語は、彼女が『ホークアイ』のラストでキングピンを射撃後、彼の部下に追われながらもオクラホマに位置する自身の故郷に戻るところから始まる。彼女のホームタウンはチョクトーと呼ばれるインディアン部族の土地であり、そのルーツをマヤ自身も受け継いでいる。演じるアラクア・コックスもメノミニー族インディアン居留地で生まれ育ち、メノミニー族とモヒカン族の出身であることから、役への説得力も強い。

 マヤは故郷で彼女との再会を待ち侘びる祖母や従兄弟など、血縁関係のある家族を持つ一方で、ニューヨークで幼少期から面倒を見てもらっているキングピンとの疑似家族的な関係も持っている。そして忘れてはいけないのが、彼女は彼の教えで人を殺し、マフィアを率いた過去を持つ人物であることだ。つまりマヤは決して“善良なヒーロー”というわけでもない。その手は血に濡れている。しかし、だからこそ彼女が本作でその過去に向き合う必要がある。むしろ善悪のどちらも身をもって知るキャラクターだからこそ、複雑で深みのある人間ドラマが描かれているのだ。そして、それはキングピンにも同じことが言える。

 マヤに撃たれるも、実は生きていたことが明かされたキングピンは、彼女の前に姿を現す。本作では彼の心理や人間性がマヤへ向けられる複雑な感情を通して微細に描かれており、短い話数にもかかわらず、あらゆるディテールを以てしてキングピンこと“ウィルソン・フィスク”という男が語られている。それ故に『エコー』はマヤの物語であると同時に、フィスクの物語とも言えるのだ。

 現代のマヤのストーリーと交差するように描かれる、彼女の祖先・チョクトー族の過去。そして、ニューヨークで過ごした暴力的な過去。その記憶が物語に“反響”しながら、「本当の自分とは何者なのか」を自覚していくマヤ。“地球を救う”や“銀河を救う”といった、そんな大きな話ではない。ただ、1人の女性が家族とトラウマ、そして自分に向き合うストーリーだからこそ、とてもエモーショナル。そして製作陣の“本物を大切にする”という気概が伝わる作品の丁寧さ、完成度の高さには良い意味で驚かされるだろう。

 毎週1話ずつ配信されることが多かったマーベルドラマにとって今回の「一挙配信」は初の試みだが、スローバーンな展開の本作について言えば、全話通して観ることができるこの施策は良策だったように感じた。そういった戦略を含め、『エコー』は今後のマーベル作品への期待が高まるような作品だ。

■配信情報
『エコー』
ディズニープラスにて独占配信中
©︎2024 Marvel

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