『水は海に向かって流れる』が切り取ったリアルな空気感 映画でしか表現できない“味わい”
そう、今回の実写映画は、あえて原作漫画とは別の調理方法(演出)を際立たせているように感じた。例えば、漫画では不器用な登場人物たちのホンネがモノローグとして語られる。サブキャラクターたちも、みんなおしゃべりで榊や直達は、どちらかといえば周囲の流れに押し出される形で、自分たちの怒りと向き合っていく。
一方で、実写映画はそのモノローグがほぼない。彼らが何を考えているのかは、口から語られる言葉と表情からしか読み取ることができない。これは、実際に生きていれば当然のことなのだとハッとさせられる。特に、榊の心の時計が止まったまま、感情を押し殺して生きている時間は、BGMさえも最小限に抑えられている。聞こえてくるのは、雨音や遠くで鳴るチャイムの音。「波風を立てずに生きる」を象徴するような演出方法だ。
きっと原作漫画の雰囲気を忠実に再現していく選択肢もあったはず。でも、あえてそうはしなかった理由は、きっと榊と直達を演じた広瀬と大西利空のみずみずしさにあったのではないかと予想する。物語の前半は、まさに借りてきた猫のようなぎこちなさがあった大西の表情が、榊の手料理を頬張り、同じ時間を過ごしていくに連れて、その心がほぐれていくのが手に取るようにわかった。おそらくその表情が和らいでいったのは、大西自身も無意識的な部分だったのではないだろうか。
そして、今回のように主要キャラクターが成長していくストーリーの作品は、キャスト自身の心境とリンクすると爆発的に魅力的なシーンになる。本作においては、直達が榊に涙ながらに榊の母親に怒りをぶつけに行こうと説得する場面がそうだ。おそらく今持っているものをすべて吐き出すようにして先のシーンを演じた大西。そして、広瀬もその初々しい演技と共に溢れた感情を受け止める。
その強い眼差しを見ていると、直達の決意を前に自分もいつまでも16歳の心のままではいられないと自身を奮い立たせる榊と、若手女優からベテラン女優の域へと歩み進めていこうという広瀬自身の登るべき階段が重なっていくようにも思えた。そして、そんな2人のぶつかり合うような演技が、洗練された料理とはまた異なる魅力に溢れた「ポトラッチ丼」にも重なるような気がしたのだ。
“いい肉”そのものとも呼べる原作漫画だからこそ、きっと変幻自在にどんな料理にもできたことだろう。でも、今このキャストが演じる、このタイミングでの実写映画だからこそ味わえる良さがある。原作とは少々異なる榊と直達の関係性を描いたエンディングもまた然りだ。そこの違いにも「なぜなのか」をぜひとも想像しながら、それぞれの良さをじっくりと吟味する感覚で、Blu-ray&DVDと原作漫画と両方を食べ比べしながら楽しんでみてはいかがだろうか。
■リリース情報
『水は海に向かって流れる』
12月13日(水)Blu-ray&DVD発売
Blu-ray:6,600円(税込)
DVD:5,500円(税込)
【映像特典】
<本編ディスク>
・予告集
・主題歌スペシャルムービー
<特典ディスク>
・メイキング
・イベント映像集(完成披露試写会舞台挨拶、公開直前ヒット祈願イベント、公開記念舞台挨拶、公開御礼舞台挨拶)
【封入特典】
・ブックレット(16P)
※レンタル同日リリース
※内容・仕様等は予告なく変更となる場合あり
出演:広瀬すず、大西利空、高良健吾、戸塚純貴、當真あみ、勝村政信、北村有起哉、坂井真紀、生瀬勝久
監督:前田哲
原作:田島列島『水は海に向かって流れる』(講談社『少年マガジンKCDX』刊)
脚本:大島里美
音楽:羽毛田丈史
主題歌:スピッツ「ときめきpart1」(Polydor Records)
発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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