『攻殻機動隊 SAC_2045』を神山健治×荒牧伸志が振り返る シリーズの到達点と“未来”
士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』を原作にしたアニメーションシリーズの最新作『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人類』が11月23日から3週間限定で上映される。
本作は、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(2002年)や『東のエデン』(2009年)で社会に斬り込んできた神山健治監督と、『APPLESEED』(2004年)、『キャプテンハーロック -SPACE PIRATE CAPTAIN HARLOCK-』(2013年)といった作品でモーションキャプチャを使った3DCGアニメーションを作ってきた荒牧伸志監督が共同で監督したNetflixオリジナルアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045』のシーズン2を再構成したもの。今回の劇場版でいったんのピリオドを迎える『攻殻機動隊 SAC_2045』プロジェクトを、神山監督と荒牧監督が振り返った。
『攻殻機動隊 SAC_2045』で描こうとした“テーマ”
ーー2020年にNetflixで配信がスタートした『攻殻機動隊 SAC_2045』は、行き詰まった経済を戦争によって回す「サスティナブルウォー」という概念を打ち出して、世界が常に戦争状態に置かれているという近未来のビジョンを示しました。現実の世界はその後、コロナ禍が起こって経済が停滞したり、ロシアや中東で大規模な紛争が起こったりと、作品に描かれたような状況になってしまいました。
神山健治(以下、神山):想像していたよりも遥かに最悪な形になってしまったなと思っています。「サスティナブルウォー」というのは、ある種のエンターテインメントとして考えた戦争で、もう少しゲーム的なものだという位置づけにしていました。現実の戦争は、そんな甘っちょろいものではなかったです。
ーーむしろアニメに描かれたような状態に留まっていてくれたら……とすら思いました。
神山:アニメの方もそうなってほしくないと思って描いたものなんですけどね。
荒牧伸志(以下、荒牧):そちらに行ってしまったらヤバいでしょ、といったことを見せたかったんですが、事象が先に進んでしまった感じですね。今となっては、現実のような最悪の状況よりはマシといった意見もあるかもしれませんが、作り手としては、それはあまり言えないことです。
ーー企画を立ち上げた段階では、どのような問題意識から設定やストーリーを考えていったのでしょうか?
神山:「戦争がない世界ってどうやったら作れるの?」といったことをエンターテインメントの範囲内で考え得るシミュレーションとして脚本を作っていて、やはり戦争は起きてほしくないと思っていました。戦争がない時代だからこそ、戦争を題材にしたアニメを作ることができるんです。それなのに、『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』を作っていた時はイラク戦争が起こってしまいました。リアルな戦争が起こっている時に、そういったものを題材にしているアニメとか作っている場合ではないよな、といった思いはありました。
ーー神山監督は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』や『東のエデン』でも、戦争や技術など社会性のある題材をアニメで表現しようとしている印象があり、『攻殻機動隊 SAC_2045』シリーズにもそれが出ていたように思います。荒牧監督はそういった、アニメ作りにおいて表現したいテーマのようなものはお持ちなのでしょうか?
荒牧:もともと未来予測のようなことが好きなんです。『攻殻機動隊 SAC_2045』の企画を始めた時も神山監督とそうした話をして、その時の“気分”のようなものを盛り込もうとしていました。現実ともう少し地続きの世界にしようとする意識でした。
ーー『攻殻機動隊』という作品自体が、器として様々なテーマを盛り込みやすいように思えます。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の押井守監督は電脳技術の浸透で現実が揺らぐさまを見せていましたし、黄瀬和哉総監督の『攻殻機動隊 ARISE』では、公安9課が立ち上がるまでの経緯が描かれました。神山監督は『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズで何を描こうとしたのですか?
神山:僕の作品はほぼ全てに「個人対社会」といったテーマが根底にあるんです。それを公安9課の人たちに体現してもらうのが、『攻殻機動隊 S.A.C.』を作るときの手つきにありました。そうしたテーマを扱うのに、『攻殻機動隊』という器は相性が良かったと思っています。
荒牧:僕的には、エンターテインメントとして何か新しいものを見せたいという思いがいつもあるんです。『攻殻機動隊』には新しいものがあり、これならやれるところまでやれると思っていて、実際にやれました。
ーー荒牧監督は、同じ士郎正宗の原作となる『APPLESEED』を監督しています。『攻殻機動隊』もいつかは自分で手がけてみたいと考えていたのですか?
荒牧:『APPLESEED』と『攻殻機動隊』は物語の構造というか、企画の構造として進化しているような印象を持っており、エンターテインメントとしてすごく強度がある企画だと思っていました。あとはCGをフィーチャーした作品としても向いている題材だと思っていました。
ーー電脳空間をCGで表現するのに向いている気がします。
荒牧:ただ、実際にやってみると『攻殻機動隊 S.A.C.』でできていたことを、すべてグレードアップできたかというと、そうでもないところもありました。やはり手描きはすごい、といった部分を痛感したところもありました。いろいろな発見がありましたね。
ーー荒牧監督が神山監督に声をかける形で『攻殻機動隊 SAC_2045』を一緒に監督することになったそうですが、神山監督は『攻殻機動隊』を3DCGやモーションキャプチャで作ってみたらどうなるのかといった興味があったのですか?
神山:僕自身は映画を作るということ自体に興味があって、手法は何でもいいんです。『攻殻機動隊 SAC_2045』の場合は、撮り方に実写っぽいところがあり、そこでモーションキャプチャの良さをどうやったら作品に反映できるのかに興味がありました。
ーー参加してみて『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズとは違ったところはありましたか?
神山:作り方として手描きとは全く違うので、楽になる部分もありました。レイアウトまで持っていくのは、手描きのアニメよりも遥かに楽で面白い部分が多くありました。ただ、実際にそれを映像にして次の段階にアップグレードしていくところは、手描きのアニメと変わらない気がします。というより、すべての映像が同じように大変です。
ーーモーションアクターの動きを撮影して映像を作るモーションキャプチャはいかがでしたか?
神山:モーションキャプチャには手描きとも実写とも違うところがありますね。実写は前段階が大変なんです。セットを組みますし、その場で撮るものがすべてOKにならないといけないようにします。CGは被写体を完全な状態に作り上げるずっと前の段階で撮影に入れるので、そこまでのスピードが一気に速くなります。また、手描きアニメーションの場合は何人ものアニメーターと打ち合わせをして、そのアニメーターが一生懸命描いてきてくれたものの良し悪しを判断した上で、アップグレードしていく作業にとても時間がかかります。それに比べてCGは速くて楽な部分もあります。ただ、そこから使える映像に持っていくためにプラスする作業の大変さを考えれば、CGも手描きも同じです。
ーーCGの場合はあらかじめ作っておいたレイアウトの中で人を動かすことになるので、実際に動かしてみて気になったところを直そうとしても、簡単に直せないことがありますね。
神山:手描きのアニメーションの一番良いところは、急に思いついたことでも作品に入れられるところでしょうね。CGは実写映画というより舞台に近いところがあって、舞台上にないものは出せないんです。役者のアドリブがあったとしても、それ以上のことにはならないので、舞台を演出しているのに近いかもしれません。
荒牧:確かにCGは、舞台のセットに近いところがあります。今回の『攻殻機動隊 SAC_2045』では、背景も全て3Dで作っているんです。それは要するにCGの大工さんが先にセットを組んでくれているということで、それらの組み合わせの範囲内でしか背景は作れないんですね。「ここに何か違う背景を用意してよ」とその場で言っても無理ですね。
神山:例えば「ここにもちょっと通行人の数を増やしたい」とかね。
荒牧:そうですね。あと、あのドアから中に入りたいというシーンを撮りたいとなった時、実写なら中は別の場所で撮りましょうということが最悪できますが、CGではその部屋の中について何も作ってないと言われてしまうとどうしようもありません。
神山:セットもプロップも人間も、手描きなら後で何か足せる可能性がありますが、CGの場合はそれが大変なんですよね。
ーー荒牧監督が『APPLESEED』でモーションキャプチャを使った映画作りに初めて挑戦してから20年が経ちます。技術も進化したと思いますが、『攻殻機動隊 SAC_2045』の映像には、そうした進化の成果はありますか?
荒牧:革新的なことはそれほどない気がします。ただ、技術が上がった結果としてコストダウンとスピードアップが進みました。あとは、同時にキャプチャできる人数が増えてきたことです。最初はせいぜい一度に2人だけだったのが、最終的には7〜8人でも撮れるようになりました。他には少しだけ試してあまり使っていない技術ではありますが、表情を映像からキャラクターに落とし込むテストも何回か行いました。
ーー機材が安くなったり、カメラの精度が上がって解像度が高くなったりといった進歩はあっても、どのように撮ってどのように表現するかは20年前も今も変わっていませんからね。
荒牧:CGはリアルな人間を再現するのに適していて、技術的にどんどんと進化してきました。ただ、リアルではないアニメルック的なものを動かすことに対しては、やはりリアルなやり方だけではフォローできないことがあります。そこはアニメ的な良さを活かしていくために、人の力を使う必要があるといったことが分かりました。それが分かっただけでも進化だと言えるかもしれません。
神山:その意味では、モーションキャプチャは少し袋小路に入ってしまっているかもしれませんね。手描きは手描きでいろいろなハードルがあるので、どうやって棲み分けていくかを考える必要があります。近年の作品でもずっと考えてはきましたが、なかなか大変です。
ーーモーションキャプチャはモーションアクターの“演技”が映像に反映されますが、アニメーターが手で描いて動かすのとは違った良さや、逆に苦労といったものがあるのでしょうか?
神山:役者も生身の人間ですから、よかれと思ってすこし余計なことをしてしまうこともあるんです。それを内包できるかどうかを判断して、「ごめんなさい、NGです」ということをその場で判断しなくてはいけないところが、モーションキャプチャにはありますね。
ーーしかし、モーションアクターはステージや舞台で活躍している方々なので、演じることには長けているように思います。
神山:『攻殻機動隊』の場合はアニメがすでにあったので、『攻殻機動隊 SAC_2045』でも役者さんたちがキャラクターに寄せていこうといった意識を持って演じてくれていました。しかしシーズン1からシーズン2まで少し間が開いてしまったので、本人たちにそうした意識はなくても素の動作が出てしまうところがありました。
ーー舞台では映える役者の個性やアドリブも、モーションキャプチャでは邪魔になってしまうということですか?
神山:そこに人間の生理が出てしまうところがあるんです。
荒牧:人が立ち上がろうとする時に、すっと真上に伸びるのではなくて少し前屈みになりますよね。そうした動きがアニメーションにする時に邪魔だったりするんです。動きにあまり意味は乗せたくないのに、体が揺れているだけでそこに意味が生じてしまい、演者の存在が気になってしまうんです。そうしたことをしっかりと考えた上で、撮影に臨む必要がありますね。