『その男、凶暴につき』『3-4x10月』『ソナチネ』 北野武監督の見逃せない初期傑作3選

 北野武監督が独自の視点で戦国乱世を描いた待望の新作『首』が、来る11月23日にいよいよ公開。同日に、日本映画専門チャンネルでは特集「監督・北野武」を放送する。気になる放送ラインナップは、記念すべき監督デビュー作『その男、凶暴につき』(1989年)、2作目にしてオリジナルな作家性を過激にスパークさせた『3-4x10月』(1990年)、その作風が最も高純度に結実した傑作『ソナチネ』(1993年)という、まさに北野映画入門編と言っていい3本。近年、動画配信サービスではお目にかかれないタイトルだけに、高画質でのオンエアは見逃せないチャンスだ(11月19日には、同チャンネルの「日曜邦画劇場」にて『ソナチネ』を先行放送)。

『その男、凶暴につき』

 第1作『その男、凶暴につき』の登場は衝撃的だった。ストーリー自体はシンプルで、むしろ通俗的と言ってもいい。警察署内でも疎まれている孤高の暴力刑事・我妻(ビートたけし)が、麻薬密売組織とその配下である冷酷な殺し屋・清弘(白竜)を相手に、壮絶な戦いを繰り広げる……こう書くと、アウトロー刑事が活躍する通りいっぺんの娯楽作と思われそうだが、この映画は違った。

 痛みを伴う手加減抜きの暴力描写、寡黙でシンプルな語り口、徹頭徹尾クールで虚無的なムードは、その頃の日本映画には極めて珍しいものだった。観る者を一見冷たく突き放すような演出には、既存の映画話法にとらわれない痛快さとともに、軽妙なユーモアをちりばめる「笑いのプロ」らしいバランス感覚もあった(特に、監督自ら演じる主人公の我妻刑事と、芦川誠演じる新人刑事・菊地のやりとりに顕著である)。まだ小学生だった筆者は「コドモに見せるな」というキャッチコピーを鵜吞みにして映画館には行かず、あとでこっそりビデオで観たが、べらぼうにかっこよかった。

 よく本作のストーリーを語る際には「暴力でしか自分を表現できない主人公」というような文言がついて回ったが、そういう定型文はきれいさっぱり忘れていい。主人公の我妻はむしろ最初から組織や社会との関わり、つまらない他者とのコミュニケーションを煩わしく思っており、なりゆきで仕方なく刑事をやっているように見える。まるで誤って人間に生まれてしまった野獣のようだ(だから自分を表現する必要などない)。我妻と同じく、組織に隷属することに抗う殺し屋・清弘との対決を描く後半は、まるで都会のジャングルで2頭の野生動物が己の存在をかけて殺し合うサバイバル劇のようである。

 ウィリアム・フリードキン監督の傑作『L.A.大捜査線/狼たちの街』(1985年)との類似点も、本作を語る上でよく引き合いに出されるが、この主人公たちのキャラクター造形/相関関係もそのひとつだろう。のちにフリードキン監督が手がけた『ハンテッド』(2003年)は、そのフィードバックのようにも思える“獣のような男たち”の対決劇だった。

 この作品は当初、ビートたけし主演・深作欣二監督のアクション映画として企画が進んでいたが、スケジュール等の都合で深作監督が降板。奥山和由プロデューサーの発案で、主演のビートたけしが本名の北野武名義で監督も兼任することになった……というのは有名な話だ。この制作上の判断が、世界の巨匠・北野武を誕生させることになった。それだけでなく、観客にほとんど媚びない北野演出に「これでいいんだ」と蒙を啓かれた同業者たちも当時少なくなかったはずである。その後の日本映画の作りに、良くも悪くも明らかに影響を与えた一作だ。これが北野組初参加となった若手俳優たち……芦川誠、遠藤憲一、寺島進、小沢一義(現・小沢和義)、井田弘樹(現・井田國彦)らのフレッシュな演技にも注目である。

『3-4x10月』

 続く第2作『3-4x10月』は、北野武監督にとって「真のデビュー作」といえる作品だ。前作『その男、凶暴につき』には野沢尚による脚本があり、代打監督としての登板だったことに加え、その型破りな演出スタイルが現場スタッフに理解されないことも多かったという。だが、この作品では監督自ら初のオリジナル脚本に挑戦。メインキャストは監督が個性を知り抜いた「たけし軍団」のメンバーで固め、さらに後年まで鉄壁の名コンビを組むことになるキャメラマン・柳島克己との出会いが、北野演出のスタイル確立を一気に加速させた。

 そのぶん、観客を置き去りにする「難解な映画」という評価を下され、興行的にも振るわなかった不幸な作品である。だが、時を経て再評価の機運が高まり、いまや「北野映画の原石的傑作」とも評されている作品だ(イマイチな評価が続いていたのは、最初に発売されたビデオの画質=テレシネの調整があまり良好でなく、ぼやけた印象を必要以上に与えたことも大きかったのではないかと個人的には思う)。

 主人公は柳ユーレイ(現・柳憂怜/クレジットは本名の小野昌彦)演じる不器用で無口な青年・雅樹。草野球チームに所属する彼は、ある日ヤクザに絡まれ、いつしか先輩や友人を巻き込む暴力沙汰に発展。雅樹は草野球仲間の和男(ダンカン/クレジットは本名の飯塚実)とともに、ヤクザに報復するべく武器を入手するため沖縄に渡る。だが、2人は現地で知り合った狂犬ヤクザの上原(ビートたけし)に引きずり回される羽目に……といったストーリーが、シュールなまでに簡潔に、ほとんど夢幻的に展開する。

 大のオトナたちが草野球に興じる平和な日常風景と、突然に暴力が噴出する不穏な空気のコントラストは、前作以上の緊張感を醸し出す。さらに、沖縄という異空間が非日常的なムードをもたらし、ド派手な銃撃戦さえもアーティスティックに染め上げる。鬼才の脳内をそのまま具現化したような映像世界はいま観ても刺激的だ。

 もうひとつの大きな魅力は、全編にちりばめられた人を食ったユーモア。重火器を所持したまま空港の保安検査場をすり抜けてしまう場面や、凄まじい暴力沙汰の真っ只中でダンカンが中島みゆきの「悪女」をカラオケで調子っぱずれに熱唱するシーン(この映画で唯一、音楽が流れる場面でもある)など、秀逸なギャグが随所に織り込まれ、アイデアマンとしての図抜けた才能もしっかり見せてくれるところが嬉しい(そのおかしさを、殺伐とした虚無感で吹き飛ばしてしまう映像作家としての個性も強烈だが)。

 主人公の柳ユーレイと、ヒロインの石田ゆり子が紡ぐ寡黙でピュアな恋愛関係は、監督第3作『あの夏、いちばん静かな海。』(1991年)にも受け継がれる。死の匂い、あるいは心中も覚悟した共犯関係のようなニュアンスをはらんだ北野監督独特の恋愛観は、その後も『HANA-BI』(1998年)や『Dolls』(2002年)、そして先頃公開された原作映画『アナログ』(2023年)にも影を落としている。北野監督が最初に描いたラブストーリーとしても見逃せない作品だ。

 説明をとことん削ぎ落したシナリオ、呆然必至のラストシーンなど、やや「引き算が過剰」に見えるところもある。いま観ると沖縄のシーンには『ソナチネ』ほど奥行きがなかったり、物足りなさも否めない。まったくの無口か添え物扱いにしかならない女性キャラクターの描写は、自分が女性を描けるとは思っていないという作者の謙遜も込められているのだろうが、ストレートに反感を抱く視聴者もいるだろう。そんな荒削りな部分も含めて、二度と作れない貴重な作品と言えるのではないだろうか。

 ちなみに、キャスティングは北野作品史上でもトップレベルの豪華さである(ヤクザ役だけでも井川比佐志、ジョニー大倉、ベンガル、小沢仁志といった錚々たる面々)。ヒロイン役は石田ゆり子で、沖縄ヤクザの若き組長役はブレイク前の豊川悦司だ。しかし、最も印象に残るのは「たけし軍団」の柳ユーレイ、ダンカン、ガダルカナル・タカ(クレジットは本名の井口薫仁)、そして上原の弟分役をジョー・ペシばりの佇まいで演じた渡嘉敷勝男ほか、いわゆる異業種のキャスト陣。彼らを役者として開花させた北野監督の慧眼もまた瞠目すべきものである。

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