『ザ・クリエイター/創造者』が驚きに満ちた一作となった理由 製作背景などから考察
このような方法が実現できたのは、エドワーズ監督がもともとVFXのスタッフだったからだと考えられる。映像加工をして、どのようなルックが得られるのかを常にイメージしながら撮影を進め、CGでやれること、不向きなことを正確に分かっているからこそ、このような芸当が可能になる。これは、監督が過去に約5000万ドルで怪獣映画を撮って話題となった『モンスターズ/地球外生命体』(2010年)の応用でもあるといえよう。しかし超大作を手がけられるようになったいま、なぜこのような独自の方法をとったのかという疑問も生まれるだろう。それは、本作のようなオリジナルの企画がなかなか通りづらいという理由はもちろんのこと、自分の自由になる製作環境を欲したからではないか。
16億ドルの『GODZILLA ゴジラ』、20億ドルの『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』と、超大作映画のクリエイターとして知られるようになったエドワーズ監督だが、このような予算規模の現場では、監督の権限が弱くなってしまうところがある。予算が多くなればなるほど、失敗のリスクを避けねばならず、一人の思いつきで当初の方向性を変えていくようなことは許され難いのである。
とくに『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』は、エドワーズ監督が本作『ザ・クリエイター/創造者』のように、実際の映像にVFXを加えていくという試みで、イレギュラーな映像も含めた感覚的な撮影を敢行したことで、スタジオ側の判断によって一部再撮影をおこなうことを余儀なくされている。つまり、この超大作では、エドワーズ監督のチャレンジが中途で終わってしまっているのだ。
そのような不完全燃焼といえる仕事の後、挑戦的な作家性を持つエドワーズ監督は、以前のような作品のコントロールを取り戻すために、あえて抑えた予算の企画を考案したのだと思われる。ハリウッドでの地位を得たいま、『モンスターズ/地球外生命体』と同じようなことをやればどうなるのか。そんな挑戦の結果が本作というわけだ。その意味で本作は、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のやり直しであるという側面もありそうだ。
本作でとりわけエキサイティングなのは、主人公のジョシュアが敵の基地へと潜入するために輸送機で上空を飛んでいるとき、レディオヘッドの「Everything in Its Right Place」が流れる場面だ。この曲が制作された頃、レディオヘッドのフロントマンであるトム・ヨークは、商業的な成功を手にした反面、作家的には不安定な状態にあったという。自身の創造性を推し進めた「Everything in Its Right Place」が収録されたアルバム『キッド A』は、「商業的自殺」とレビューされるまでに、ベーシックなロックのスタイルからは離れた実験的な作品となったが、このような思い切った進化によって、レディオヘッドは強い作家性や哲学性を獲得し、いまもなお伝説的な地位を確立しているといえよう。
この作品をめぐる葛藤と挑戦のプロセスは、まさにギャレス・エドワーズ監督のクリエイターとしての生き方とシンクロしているといえないだろうか。エドワーズ監督は、この曲を何度も聴いて、ハリウッドの商業主義に馴染みきらない自身の作家性と重ねながら励まされていたのかもしれない。そんなエドワーズ監督が、本作のような充実した作品を、新たな手法で完成させたという事実は、同じく挑戦的な精神を持っている多くのクリエイターたちにも力を与えることになったはずである。
■公開情報
『ザ・クリエイター/創造者』
全国公開中
監督・脚本:ギャレス・エドワーズ
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、渡辺謙、ジェンマ・チャン、アリソン・ジャネイ、マデリン・ユナ・ヴォイルズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios