『こっち向いてよ向井くん』が教えてくれた“自分”である大切さ 大きな向井くんの“一歩”

 『こっち向いてよ向井くん』(日本テレビ系)の第1話、33歳で10年間彼女のいない主人公の向井くんこと向井悟(赤楚衛二)は、人並みの幸せをぼんやりと手に入れることを望んでいたが、それがなかなかできない人として登場する。

 しかし向井くんは、義理の弟の元気(岡山天音)が経営するバーで知り合った坂井戸洸稀(波瑠)から、「適当に雰囲気で過ごして、なんとなーくかわいい子とつきあって、なんとなーく幸せになれるわけ、ないよ。みんなほしいものをちゃんと、ほしいって願ってると思う」とキツい言葉をつきつけられてしまう。

 これは、単に優柔不断な向井くんのことを指しているわけではなく、なんとなくみんなと同じことを望むということは、実は「家父長制に知らず知らずにのみこまれている」ことを示していると感じた。

 このドラマを最後まで観ると、第1話で描かれていた、「自分でほしいと思うこと」ではなく、「なんとなく周りがそうしているから」というモチベーションで動いている人には厳しく、「自分でなにがしたいか考えている」人には肯定的に描かれているのがわかるのだ。

 それは向井くんにだけ向けられたものではない。義理の弟の元気は、もとは妻の麻美(藤原さくら)のことをよく見ていて、向井くんに対しても「普通なんて関係ないの、麻美は麻美なんですよ」と言える人物であったが、結婚を機に、「なんとなく周りがそうしているから」と責任感を発揮し、「ひとりの男として、そういうの背負って麻美を幸せにしたい、結婚ってそういうことでしょ」と考えるようになり、妻の麻美から離婚をつきつけられてしまう。

 洸稀は、会社の上司である環田和哉(市原隼人)と、恋愛の「いいとこどり」を楽しんでいたのだが、環田が洸稀を知人に「彼女である」と紹介したことに洸稀は違和感を持ち、別れを決意する。この洸稀の行動も、環田が、「自分がなにをしたいか」ではなく、「周りの目を気にして」とった行動に辟易しているように見えた。

 環田は、そもそも洸稀と同様、付き合っているわけではないが、お互いに納得した上で恋愛関係を楽しんでいた人物であった。しかし、自分のかつての後輩の向井くんが、洸稀と距離が近いことを知って嫉妬を覚え、独占欲や所有欲が芽生えてしまったのだ。

 もちろん、それ以前にも疑問点はあった。洸稀が環田になぜ今の会社に転職したのかと尋ねたときに、結婚を機に「少しでも(妻に)不安のない環境を整えてあげたくて……」と語っていたことにも、少しの不安を感じていたのではないか。

 環田が「妻のために」行動したことは、ある意味では賞賛されることだろう。しかし、そこには「自分が夫だから、男だから守ってあげる立場にいないといけない」という夫としての役割分業に縛られる様子も見え、「彼女というものは守ってあげるもの」と考えていた向井くんと重なるものがある。

 これまでの恋愛ドラマであれば、男性キャラクターが、「妻のため」「彼女のため」と行動することは賞賛される。またいつまでも煮え切らない関係性を続けている曖昧な関係の男性が、遂に付き合っている女性のことを「彼女」と認めて、周囲に紹介するということは、女性にとっての「喜び」として描かれてきたが、このドラマは、第1話の冒頭から、「どのような行動にどのように喜びを感じるかは、人それぞれであり、相手がどう思っているのかを、自分で見て考えろ」という目線がつらぬかれているのだ。それは自ずと、これまでの恋愛ドラマで描かれてきた、「女の子はこうされるとうれしいものだ」という行動に疑問をつきつけることになっていて、非常に面白かった。

 だから、環田の行動も、洸稀にとっては「誰かの欲望に流されて、なんとなく男は女にこうしてあげないといけない」という思い込みや、「後輩に好きな女性をとられそうになって、脊髄反射」からとったものにしかすぎず、環田自身の本当に考えたことではないように見えたのではないだろうか。

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