『君は行く先を知らない』の想像を絶する悲しみ イラン逃亡で離散する家族の“最後の時間”
そんなふうに、心の奥底にある悲しみを表に出さずに、奥にしまいこみ、どこか本質にふれないように会話することが思いやりのようなこの映画において、登場人物たちが「歌」を歌う部分だけは、どこか違ってみえる。
不思議な演出なのだが、劇中にかかっている歌にあわせて、母親であったり、次男であったりが、その曲にあわせて、まるでミュージカル映画の一コマのように歌い始めるシーンがいくつかある。
これらの場面で使われている曲は、革命以前からあるヒット曲だ。監督のインタビューによると、革命後、海外に逃げなければならなかったアーティストたちによって歌われたもので、政権はこれらの曲を使用するのを嫌がるのだという。
特に終盤、母に抱えられた次男が突然歌にあわせてカメラのほうを見つめ、この土地を去ってしまった人に対して、「行かないで、そばにいて」と語りかける場面は、観ているこちらをドキっとさせるものがあった。
これまで無邪気であった次男が、シリアスで大人びた表情でこちらに語り掛けてくるから胸を突かれたような感覚になるのだろうか。それだけではないだろう。
映画の大半のシーンでは、家族が悲しみをお互いに感じさせないように、明るく、なんでもないようにふるまっているだけに、この歌のメロディと歌詞に込められたエモーショナルな感情が、彼らの中に隠されていた、本当の気持ちなのだろうと思えるから、どこかはっとさせられたのだろう。
この映画の原題は、『Hit the Road』。第22回東京フィルメックスでコンペティション部門に出品されたときは「砂利道」というタイトルがつけられていたそうだが、『君は行く先を知らない』というタイトルは、とらえどころのない作品をよく表していると思える。
「君」というのは、映画の始まりであれば、次男のことや、映画がどうなっていくかわからない観客をさしているように思えるが、映画の終盤まで来ると、この家族にも観客にも長男がどうなるのか、その行く先がわからないのである。
■公開情報
『君は行く先を知らない』
8月25日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
脚本・監督:パナー・パナヒ
製作:ジャファル・パナヒ、パナー・パナヒ
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ、パンテア・パナヒハ、ラヤン・サルラク、アミン・シミアル
配給:フラッグ
後援:イラン・イスラム共和国大使館イラン文化センター
2021年/イラン/ペルシャ語/1.85:1/5.1ch/カラー/93分/G/日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン/原題:Hit the Road
©JP Film Production, 2021
公式サイト:https://www.flag-pictures.co.jp/hittheroad-movie/
公式X(旧Twitter):@hittheroad0825