SF風陰謀コメディ 『ゼイ・クローン・タイローン』が描く、アメリカにおける現実的な脅威

 『クリード 炎の宿敵』(2018年)の脚本を担当したユエル・テイラーが初監督し、ジョン・ボイエガ、ジェイミー・フォックス、テヨナ・パリス、キーファー・サザーランドという出演陣で送る、SF風味の陰謀コメディ映画『ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?〜』。その内容は、随所に笑いを散りばめながらも、アメリカにおけるアフリカ系市民の社会での立場や歴史を映し出すものとなった。

 ボイエガ、フォックス、パリスの3人が演じる登場人物たちの軽快なやりとりや、『ドラゴンボールZ』が好きだという監督による脚本だけあって、アニメなどのポップカルチャーを含んだネタが次々にセリフに出てくるところ、そして『フォクシー・ブラウン』(1974年)など、1970年代に流行した黒人観客向けの娯楽映画ジャンル「ブラックスプロイテーション」のイメージが利用されている部分などが楽しい本作だが、一方で物語が何を描いているのかについては分かりにくい部分もあるかもしれない。ここでは、本作が描いたものが何だったのかを、できるだけ深いところまで解説していきたい。

 ある都市部のアフリカ系の住民が多く住む地区で、驚愕の事態に対峙することになるのは、麻薬密売人のフォンテーン(ジョン・ボイエガ)だ。彼は、ある夜射殺されてしまうが、翌日気がつくと、日課のバーベル上げで体を鍛え、酒を飲み、金を取り立てるという、いつもの日常を過ごしていた。売春を仲介する「ポン引き」を生業としているスリック(ジェイミー・フォックス)とセックスワーカーのヨーヨー(テヨナ・パリス)に、「昨日死んだはずでは!?」と指摘されたフォンテーンは、この二人とともに、自分の死の謎を解くために動き出すことになる。まるで落語の演目「粗忽長屋」のような、シュールな展開だ。

 調査のなかで判明していくのは、異様な社会状況だ。例えば、よくTVでCMが放送されているチェーン店のフライドチキンを食べると、何もおかしくないのに笑みがこぼれてしまうし、髪をストレートにするヘアスタイリング剤を塗られた者は、日頃の不満を忘れてしまう。3人はそんな不気味な仕組みに、次第に気づいていくのである。そしてそれらは、どうやら街の住民にコントロールに繋がっているらしいのだ。そして3人の追及は、ついにクローン技術を使った、街全体を巻き込む陰謀へと迫っていく。

 これらの元ネタになっているのは、あるアメリカのフライドチキンのチェーン店が、白人至上主義者団体「KKK」と繋がりがあり、黒人の健康を害する成分をチキンに混入していたという内容の、1980年代に出回った都市伝説だと考えられる。ちなみに、本作の主人公フォンテーンが酒場で買っていた酒のラベルには「アナコンダ・モルト・リカー」と書かれているように見えるが、これは2009年公開の映画『ブラック・ダイナマイト』に登場した、黒人の身体に影響を及ぼす成分が入れられていたという設定の、架空の酒の名前である。本作は小道具を利用した小ネタでも、このような都市伝説を強調しているのだ。

 こうした人種に関係する都市伝説が広まる背景には、じつは原因がある。それは、アフリカ系の人々が医療実験に利用されてきたという、アメリカの負の歴史の存在だ。なかでも1930年代から、なんと1970年代まで40年間も続いた、アメリカ公衆衛生局による「タスキギー梅毒実験」は悪質なものだった。これはアラバマ州タスキギーの農業従事者の黒人を対象にした実験で、梅毒にかかっている患者をあえて治療せずに、その広がりや経過を研究者たちが観察していたという、あまりに非人道的な試み。つまりここでは、都市伝説でも陰謀論でもなく、「陰謀」そのものが本当に存在し、アフリカ系の市民に甚大な被害を与えていたのである。

 このような、倫理的に許し難い人種差別的な実験が世間の知られるところになった後、アフリカ系の市民の間では、当然ながら医療への信頼が大きく揺るがされることになったのだという。新型コロナのワクチン接種率は、有色人種、とりわけアフリカ系の市民が最も低いという統計が出ているが、このようなつい数十年前の歴史があるのならば、多くの人々が接種に二の足を踏むのも無理ないことだといえるのではないか。本作が都市伝説や陰謀論をあえて描くことで暗示しているのは、アメリカ政府や、その支配層に対する、このようなアフリカ系の人々の不信感なのである。

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