アニメ『わたしの幸せな結婚』には原作の静謐さがある　“セリフなし”の息を呑む演出

　薄幸の少女が王子様に救われるストーリーなら、『シンデレラ』の昔からいくらだってある。男尊女卑的な雰囲気も浮かぶそうしたフォーマットに、ただ乗っていただけでは『わたしの幸せな結婚』はこれほどの支持を集めなかっただろう。鍵となるのは、この作品世界に存在する「異能」であり、それに関わる美世の出自だ。

　美世が長女でありながら虐げられたのは、先妻の子だからということだけではない。求めていた異能が発動しなかったからだ。異能とは一種の超能力。『わたしの幸せな結婚』という作品の世界では、特定の一族がそれを受け継ぎ国家の安寧に貢献していた。久堂家は特に名門で、斎森家もそれなりの家柄を誇っていた。

　その家に生まれながら異能を持たない美世が、見鬼の異能を持っていた香耶より下に見られるのも、ある意味で仕方がなかった。美世を生んで程なくして亡くなった母親が、特殊な異能を持った家の出身だったということも、期待を裏切られたという感覚を強くして、美世への憎悪を増加させた。

　異能を持たないというコンプレックスも加わって、自分は不要な人間だという思いをとことん募らせていた美世だけに、そうしたものなど不要だから、ただ自分を愛してくればいいと告げられるだけでも、嬉しい気持ちにはなれただろう。けれども、清霞が苦境に陥った時に助けられるような力があれば、嬉しさだけでなく誇りも浮かんで、ひとりの人間として世界に立つことができる。

　そうした展開へと向かうのか否か。アニメでは美世をまだ血筋だけでやりとりするような段階に留まっているが、やがて見えてくる美世の本当の価値を知り、自分から動こうとする彼女の意思に触れれば、観る人も同じように何か自分にできることはないかと思い、沈んでいる場所から浮かびあがっていけるはずだ。清霞に気持ちを乗せて観ている人も、弱者を労る優越感混じりの優しさではなく、対等に生きていくパートナーを得る喜びを感じ取れるだろう。

　展開に沿ってキャラクターがどう変化していくかも気になるところだ。当初は虐げられておろおろするばかりの美世だったが、清霞に食事を褒められて涙を流し、櫛を贈られて笑顔を見せるなど、徐々に感情を取り戻していく。アニメはそうした変化を丁寧に描き、上田麗奈がしっかりと演じている。心から清霞のことを思い、叫ぶような場面があったとしたら、その声と表情にはきっと引きつけられるものがあるだろう。清霞ならずとも心を虜にされるはずだ。

　逆に清霞は、冷酷無慈悲と言われるに相応しい冷たい声音だけでなく、職場で部下の五道にからかわれた時の焦りや、お手伝いに来ているゆり江に叱られた時の子供のような声音を、石川界人が時に使い分けて演じている。清霞が心から美世を思うようになった時、どれだけ心に突き刺さる声を聞かせてくれるのか。

　キャラクターでは美世の妹の香耶が、高慢で憎々しげな声を聞かせ表情を見せてくれていて実に楽しい。佐倉綾音の演技では、『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズの霜月美佳に並ぶ“ウザさ”だが、おだてられて育てられ自分こそが1番だと思うようになってしまった純粋な女の子だとしたら、その典型を見事に演じてくれていると言える。よくやってくれたと讃えたい。

　原作の方はといえば、最新刊の『わたしの幸せな結婚　七』が7月14日に発売されたばかりで、ようやくタイトル回収となるシーンへとたどり着いた。アニメの視聴者は改めてだんだんと近づいていく美世と清霞の関係を確かめつつ、異能がある世界だからこその激しいバトルがどう描かれるかにも関心を向けつつ、これからの展開を観ていこう。

　自分はここにいてもいいのだという喜びを、きっと与えてくれるはずだから。

■放送・配信情報
『わたしの幸せな結婚』
TOKYO MX：毎週水曜 23:30〜
サンテレビ：毎週水曜 24:30〜
KBS京都：毎週水曜 25:00〜
テレビ愛知：毎週水曜 26:05〜
BS11：毎週木曜 24:30〜
AT-X：毎週木曜 21:00〜
※放送日時は変更になる可能性あり
Netflixほか各配信サイトにて地上波同時配信 毎週水曜23:30〜
声の出演：斎森美世：上田麗奈、久堂清霞：石川界人、斎森香耶：佐倉綾音、辰石幸次：西山宏太朗、五道佳斗：下野紘、ゆり江：桑島法子
原作：顎木あくみ（KADOKAWA/富士見 L 文庫刊）
原作イラスト：月岡月穂
監督：久保田雄大
設定・監修：阿保孝雄
シリーズ構成・脚本：佐藤亜美、大西雄仁、豊田百香
キャラクターデザイン：安田祥子
色彩設計：岡松杏奈
美術監督：片野坂恵美（インスパイア―ド）
美術監修：増山修
美術設定：菱沼由典、曽野由大、吉﨑正樹
プロップ：高倉武史、ヒラタリョウ、みき尾
撮影監督：江間常高（T2スタジオ）
3DCG監督：越田祐史（スタジオポメロ）
着物デザイン：HALKA
編集：黒澤雅之
音楽：Evan Call
音楽スーパーバイザー：池田貴博
音楽制作：ミラクル・バス
音楽制作協力：キネマシトラス／KADOKAWA
音響監督：小泉紀介
音響制作：グロービジョン
脚本開発協力：森本浩二
アニメーション制作：キネマシトラス
製作：「わたしの幸せな結婚」製作委員会
©2023 顎木あくみ・月岡月穂/KADOKAWA/「わたしの幸せな結婚」製作委員会
©2023 Akumi Agitogi, Tsukiho Tsukioka/KADOKAWA/My Happy Marriage Partners
公式サイト：https://watakon-anime.com
公式Twitter：@watashino_info
公式Instagram：@watakon_anime
公式TikTok：@watakon_anime