『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』が「面白かった!」からこそ気になったこと

 そういう、ある意味で「人を人とも思わない」活劇演出のセンスが、マンゴールドにはない。だから『運命のダイヤル』でも、迷宮のようなタンジェの路地で繰り広げられるカーチェイスシーンで、つい役者の「芝居」を丹念に撮ってしまう。演技を超えた俳優の必死の表情を積み重ねるスピルバーグ演出とは似て非なるものだ。そこはもう少し突き放した演出が欲しかった、というのが贅沢な注文のひとつ。

 表情ということでいうと、第二次大戦中のフレンチアルプスを舞台に繰り広げられる長めのプロローグもまた、別の問題を抱えている。『レイダース』と『最後の聖戦』の反復のようなアクションには、戦争映画マニアのスピルバーグがワクワクしながら撮っていたような高揚感が感じられないのも惜しいが、何よりヤング・インディの顔面コピペVFX処理がいただけない。これは本作だけの問題ではないが、顔面自体の作りこみがいくら精巧でも、表情変化の表現が未熟なのだ。疾走する列車の屋根に仁王立ちしたハリソン・フォードが、あんな落ち着いた顔でいられるだろうか? 雨風や突風などの自然物、おぼつかない足場の危険性などがもたらす身体的影響、それに伴う筋肉の動きや表情の歪みが現実にはあるはずで、CGの表現域がそこまで達していないことを痛感せざるを得ない(念のために言うと、それはデータを入力する人間側の観察力や表現力の問題で、機械の責任ではない)。

 シナリオの弱さ、特に前半に集中しているセットアップの粗さも気になる。1969年のニューヨークを舞台に、因縁の敵であるユルゲン・フォラー博士(マッツ・ミケルセン)が再登場するくだりと、大学教授インディに旧友の娘ヘレナ・ショー(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)が近づくくだりは、少なくともどちらかの「隠された真意」を早々に明らかにしたほうが明瞭な活劇展開になったのではないか。特にヘレナの拝金主義がいまいち伝わりづらい。さらに、殺人容疑をかけられた老インディが彼女を追いかけて実にフットワーク軽くモロッコに飛ぶわけだが、それだけの行動力があるなら戦地に向かった息子も強引に連れ戻せたのでは? と考えてしまう。この辺は、フィービー・ウォーラー=ブリッジが脚本救護要員として参加した『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2020年)の混乱ぶりを思わせなくもない。

 とはいえ中盤以降は、シンプルな争奪戦、謎解きを軸としたエキゾチックな冒険活劇として軌道が安定する。スピルバーグ的な疾走感で突き進むアクションよりも、一歩一歩お宝に近づいていく冒険もののテンポ感のほうが、マンゴールドの演出にも快調さと適性が滲む。

 そして『クリスタル・スカルの王国』ほどではないにしろ相当な飛躍を見せるクライマックスも、このシリーズにおいて受け入れられる「ギリギリの線」を守ったといえるだろう。インディが引きずる息子の死という重めの設定も、「決して過去は変えられない」という帰結に導くための伏線だったのだと気づけば、まさしくマンゴールドらしい作劇だったと納得できる。同時に、伝説となることよりも「現実への帰還」を選ぶ結末も、実はシリーズの伝統に則っていて感動的だ。

 最終的には「やってよかった続編」という印象に着地してくれた……これだけで本作の歴史的意義は果たされたと言えるのではないか。「最後のインディ・ジョーンズ映画が『クリスタル・スカル』になるのは、ちと寂しい」と思っていたファンには特に。

 それまでの失点を鮮やかに取り返す終盤の盛り上がりとともに、作品をグッと好印象に引き上げたのが、フィービー・ウォーラー=ブリッジの存在である。原案・脚本・主演をつとめた出世作『Fleabag フリーバッグ』(2016~2019年/Prime Video)を観ている人なら彼女の天才ぶりはご存知かと思うが、本作ではあくまで役者に専念しつつ、持ち前の知性とユーモアで老インディ=ハリソン翁と対等に渡り合ってみせる。監督が求めた「バーバラ・スタンウィックやキャサリン・ヘップバーンの資質を備えたヒロイン」像を見事につとめたウォーラー=ブリッジの好演、そしてロマンスとは異なる思慕をインディに抱くヘレナのキャラクターは、来るべき本作の再評価につながっていくだろう。

■公開情報
『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』
全国公開中
監督: ジェームズ・マンゴールド
出演:ハリソン・フォード、フィービー・ウォーラー=ブリッジ、アントニオ・バンデラス、ジョン・リス=デイヴィス、マッツ・ミケルセン
製作:キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、サイモン・エマニュエル 
製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス
音楽:ジョン・ウィリアムズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Indiana Jones and the Dial of Destiny
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